見送りの日

高円寺陸橋純情篇

基本、すんごい放置しています。
mixiやAmebaで日記を書いています。
割と精力的にね。

mixi
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2010年5月より特発性拡張型心筋症を発症いたしました。

所謂「難病」です。

それでも音楽活動は続けています。

引き続きご支援していただければ嬉しいです。


なかおちさと
(ソニマージュ・レコーズ)


2012年1月12日

細かな日時は忘れましたが、ぼくがカールマイヤーというバンドに参加してから20周年に当たるのが今年です。

きっかけは職場の女の子にフラれたせいです。
空っぽな感じに脳みそが燃え尽きて唖然呆然。
女の子にフラレて果たして自分に何が残っているんだろうと問いつめて思い出したのが、大学
受験のために休んだきりだった音楽バンド活動。

そうだぼくにはギターがあるじゃないかと横浜の街をふらふらと歩いて、街に貼られたメン募のチラシをすべて凝視。
ヴィジュアル系が多かったかな。
YAMAHAにあったカールマイヤーというバンドのチラシには「CREATIONレーベル系好きな方」とありました。
色んなチラシを見ましたがCREATIONに触れていたのはカールマイヤーというバンドだけ。





マイブラ、ライド、プライマル・スクリームのCREATIONレーベル。

連絡先:コウノアヤコと書かれた部分を切り取り帰宅。
早速電話(1992年始、メールなんてなかった)。

ただ心配なことがひとつ。

カールマイヤーの応募条件は「20歳以上の人」という但し書き。
ぼくは20歳を目前にした19歳。

「19歳なんですけれど、もう少しで20歳になります。大丈夫でしょうか?」

年上のメンバーはそのしどろもどろの質問がおかしかったらしくホホホと笑う。
ぼくの心配は杞憂だったと分かった。

RATとワウ、ギターはシャーベル・サーフキャスターを抱えて横浜のスタジオ・ペンタでオーディション。
見事一発合格!

「動きが面白かった」
「動きが凄くて笑いを堪えるのに大変だった」

大絶賛でぼくを迎えてくれまんた。

ここからぼくの音楽人生が再スタートします。
以来、途中だれたり、荒たりした時期も挟みながら二十年。
今月やっとソロ・アルバムを完成。






人に歴史あり、おおむね幸福。
あの日、ぼくをフッテくれた女の子に多謝。



2011年12月31日

恐ろしい年がやっと終わります。
今日が無事であることを祈りつつ、久しぶりの日記更新です。


痰をがーがー吐いて黄色いそれが忌まわしい風邪で年末。 
色つきの痰は拡張型心筋症患者の私には死への誘い。 
楽しそうに演奏活動に勤しむ人々をネット上で羨望の眼差しで見つめながら闘病。 
今年はこの風邪のせいで忘年会もweb忘年会もなくなっちゃったよ。 
失礼。 

近づくCD完成、新年正月20日の納期を待つのみ。 
売るってことは「厳しい批判に晒される」ってことであり、心臓バクバク。 
心臓バクバクは拡張型心筋症の私には死への誘い。 

年末の書き物はこの風邪のせいでtwitterとFacebookに書いたつぶやきと「ザ・インタビューズ」のみ。 
「ザ・インタビューズ」に今年を総括する質問が寄せられたので、ここに転載して、あとは暖かい布団に包まれて風邪と格闘します。 

良いお年を! 

来年はいい年にしたいですね。 




ザ・インタビューズ 

【なかおちさと nakao chisato 「カールマイヤー」から「鳥を見た」まで】 

http://theinterviews.jp/nakaochisato




【はじめて買ったCDはなんですか?】

ぼくの音楽生活の黎明期はまだアナログの時代でした。 
なので、最初に買ったのはアナログ盤。 

自分のお金かどうかかなり怪しいですが「勝手にしやがれ 沢田研二」のシングル盤を思い出します。 
5歳くらいの時でした。 
沢田研二と布施明が大好きで、保育園でよく歌っていたんです。 
人生初のレコーディングも「勝手にしやがれ」でした。 
可愛い録音テープが後年まで残っていました。 

アナログのアルバムで初めて買ったのは「Oldies The BEATLES EMI」。 
イギリス・オリジナル編集の優れたベスト盤です。 
再販してほしいなあといつも思います。 
6歳、小学校一年生のとき。 

CDというメディアとの出会いは高校生の頃です。 
「欝 Momentary Lapse of Reason ピンクフロイド EMI」。 
ギルモア主導の再結成ピンクフロイドのカムバックアルバム。 
そのHi-Fiさに腰が抜けるほど驚いたものですが・・・・・・後に、興味を失い手放しました。 
いま何枚あるか分からないぼくのCDコレクションの第一弾ですが、手放したことを特別に後悔することもございません。 

アナログで聴いたピンクフロイド、ロジャー・ウォーターズ最後の参加作品「ファイナル・カット ピンクフロイド EMI」は世評に背いて個人的にはかなり好きで後年CDでも買い直しました。 




【2011年、あなたにとっての最大のヒット商品は何ですか?】 



「Ibanez AD-9 Mod.STD Keeleyモディファイ」 

AD-9というすぐれたアナログディレイ。 
日本ではMAXONブランドから出ています。 

こちらは海外版Ibanez AD-9を様々なエフェクターモディファイで有名なKeeleyが手を加えて、まったく新しい可能性のあるギアに変えられたものです。 

まず、トゥルー・バイパス加工。 
これでかなり音痩せがなくなりました。 

さらに重要なのがコレ、既存のペダルを踏むと延々とフィードバックされるんです。 
この機能が画期的で、ぼくのサウンド・アプローチに大きな影響を今後与えてくれるはずです。 






【今年やり残したこととかありますか?】 



バンド「鳥を見た」のアルバムを発表できなかったことが悔やまれます。 
震災前の録音なので改めて録り直そうというメンバーの声もあります。 
何よりもこのことが一番大きな問題です。 

反面、今日現在、ケリをつけたのがソロ・アルバムの発売。 
2012年3月9日に全国発売できるように手筈を整えました。 

「NAKAO Chisato/なかおちさと(ソニマージュ・レコーズ SON-001)」 

500枚も刷るってどこに需要があるんだかと頭が痛いですが、全国3000カ所のインディーズ・ショップで取り扱いされます。 
店頭にない際にはお取り寄せできますのでよろしくお願い致します。





【インターネットとの出会いを教えてください。】 




いつでしょう・・・・・・。 
Macの「Perfoma」が最初のPCですので1992年から1997年の製造期間中のいずれかですよね・・・・・・。 
Netscapeの起動画面が綺麗だった「絵(記憶)」は思い出せるのですが、肝心の「時期」を思い返せません。 
AOLのチャットなどにはまっていたような記憶があります。 

webサイトを始めたのもいつだったやら・・・・・・・。 
あ、「2000年12月6日、午前7時50分頃スタート」と書いてありました。 
アンダーグラウンド界隈ではかなりの先駆者と自負しています。 
いまではまったく手をつけませんが・・・・・・・。 

ネット依存は相当なもので、今ではスマートフォンのようなツールもあり余計に重症状態に陥っています。 
治したいですね。 
切実です。






【2011年はあなたにとってどんな年でしたか?】



どのひとにとっても大きな出来事、東日本大震災と福島第一原発事故の爪痕が、私的にもくっきりと遺る年でした。 
それまで享受していた愉楽のうち、薄っぺらいものは簡単に「嘘くささ」を露呈。 
感動をお伝えする仕事に就いている自身にも自問すること多く、しかし自答は容易くなかったです。 
生命が掛かっている出来事の重さを覚えました。 
これまでの価値観の再検証がどこまでも必要になった年でした。 

自分の健康もまた命に関わり、持病の拡張型心筋症での緊急入院が二回ほどあり、公演のキャンセルも二回ほど。 
突然死を伴う病気なので生活の隅々まで死というものとの背中を接する付き合いをしてきました。 

子供たち。 

ぼくにはまだ子供がいませんが、この社会にいる多くの子供たちのことを考えました。 
安全なミルクのこと。 

子供たち。 

来春、ソロ・アルバム発表の手筈を整えることが出来ました。 

これほどの激動を四〇歳を目前にして体験するものなのかと思ったりもします。 
総じて重い荷物を背負った年でした。 






【あなたにとって、今年最大のニュースを教えてください。】 

日本すべての人たちと同様に東日本大震災と福島第一原発事故が最大のニュースです。 

福島第一原発事故については、ぼくの楽曲のレパートリーに「放射線の雨、耳をふさぐ子供たち」という歌があり、正に原発事故を予期した内容なんです。 

事故のはるか前に書いた曲ですが、不吉な符号におののくと共に、事故以降、この楽曲は封印してしまいました。 
どうにもやるせない気持ちがそうさせました。 

予期などしたくなかった現実であり、どこまでも忌まわしいものです。 

ただ、自身の視座に間違いはなかったことは評価したくここに動画を寄せます。 



【最近みた映画で面白かったのはなんですか?】



レンタルビデオ店や映画館へのアクセスが貧困な場所に引っ越してしまったために、最近はあまり映画を観ていません。 

とても数少ない作品の中から、正に直近に観た映画「エンディングノート」という作品を推します。 

砂田麻美監督デビュー作の邦画。 
癌を宣告された父を次女が記録した映画で、基本的にドキュメンタリーです。 
是枝裕和監督がプロデュースしただけあって、独特のユーモアを交えて、しかし真摯に生と死を見つめます。 

クライマックスに近づくに連れ、会場内のすすり泣きの声が本当にすごかったです。 
固有な映画体験だったなと振り返ります。 







http://theinterviews.jp/nakaochisato

質問引き続きお待ちしております。 

ぺこり。



震災の被害に遭われ、今なお不便な暮らしを強いられているすべての皆さまに心よりお見舞い申し上げます。

3月11日、常日頃の価値観といったものがいかに脆弱な基盤に立っていたかと気付かされる日々。

恐ろしいものとの出会い。

フクシマという新しい問いかけ。

震災はあまりに多元的で掴みようがないほど巨大な事態-問題です。

私たちの精神はこの事態-問題をまだ完全には捉えていません。

いまだ不気味な余震が続く中、身体を寄せ合うようにして危険からの回避を祈るばかりの萎縮した魂。

そんな事態-問題の中、音楽家としての日常としていくつものステージが組まれました。

東京のシーンが一度沈黙する中、沈黙を潔しとしない高円寺Mission's、国分寺Morganaといったハコで歌を紡いできました。

殆どの演奏が盟友・浅野廣太郎のハンディ・カメラに記録されて、YouTubeのkoutarouasanoのアカウントにUPされました。

一連の記録のドキュメンタリーとしての多弁さに気付かされます。

ひとつ、ふたつファイルをクリックしてください。

即興詩を紡いだのが幸いしたようです。

事態-問題の様相の幾許かが、一連の即興詩に掴みやすい形で滲んでいるのを聴いていただけたらと思い、一定の量に貯まったファイルを並べておきます。



2011年03月15日

震災から僅か4日後、高円寺Mission's、鳥を見た公演。







「忘れたいのに思い出せない 国分寺篇 vol.01」

2011年04月06日@国分寺Morgana

第一セッション
「からっぽの世界」




第二セッション





「忘れたいのに思い出せない vol.14」

2011年04月07日@原宿JETROBOT

「友よ」




「忘れたいのに思い出せない 国分寺篇 vol.2」

2011年04月19日@国分寺Morgana

「マリアンヌ」
「夜が明けたら」




鳥を見た

2011年04月26日@高円寺Mission's






U2011年04月01日

【高円寺陸橋】

UFO Clubとファミリーマートがある交差点に高円寺陸橋がそびえている。 
その袂に僕の部屋がある。 
ついこの前まで横浜市民としての郷土愛にアイデンティティを見だしていたのが信じられないくらい、この部屋を愛している。 



階段を降りて十秒でたどり着くラーメン店は24時間営業。 
「味噌一」という店名のとおり、ここの味噌ラーメンは唯一無二。 
味噌汁に近いスープ、たくさんの野菜。 
温かい


ワンルームなんて洒落た部屋ではなくて「ひとへや」と呼ぶべき佇まい。 

くどい風邪に付き纏われて、まだ荷物の整理ができないでいる。 
だから地震の度に積み重なる本とCDの山が崩れないかを心配する。 
地震酔いは過酷だ。 

高円寺陸橋。 

地震がなくとも高円寺陸橋を渡るトラックの振動でこの部屋の床は鳴る。 
新しく僕に刻まれるビートだ。 

トリスがあるから遊びにおいで。 
運がよければ同居人の猫が顔を出すよ。 




四月。 
ああ、いつまでも絶えることなく友だちでいよう。 




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