セピアにしてはいけないものを、編

いつだって更新は気まぐれなもの

このページでは投稿記事も募集しております。
また、感想や出演交渉等も下記アドレスまでご一報ください。

sonimage@v005.vaio.ne.jp




...God Blles You...

今日
鳥を見た
から
あなた

2002-2003

...God Blles You...
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2003年7月26日(土)
at
enn
in SENDAI


動 乱、仙 台、夏、7月の、

L a L a

http://www.sonimage.ne.jp/news2003.htm
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7月26日、L a L a仙台公演のフライヤーを、主催者のたけけさんより戴きました。
とても素敵な仕上がりです。


7月8日

日々雑感

今日までと今日からのロードマップ。

詩篇「ペスト禍」以降、このページの更新が遅れています。
ごめんなさい。
BBS「足跡ぺとり帖」までチェックいただいた方にはお目に触れているかもしれませんが、中々、波乱に満ちた日々が続いています。

隣町にちょっと病院で診てもらった方がいいなと思える野良猫を保護しようとした際に、両手首を引っ掛かれ、更には噛みつかれ、手がパンパンに腫れあがりました。
何らかの細菌が入り込んだのでしょうね。
素手で保護しようとしたのがそもそもの見識のなさ。
軍手や長袖での防備は当たり前だよなと、更にその子を怯えさせてしまったのかと非常に反省しきり。
幸い破傷風は免れました。

ただね、このパンパンに腫れた手で、証券会社のPC端末のLAN設定という仕事をしていまして、入力項目の多さと、端末台数の多さで、今度は腱鞘炎が発生。
楽器を弾く男性特有のしなやかな手が、どうにも体育会系のごつい手のよう。
拳骨を作ろうと指を全部折り曲げると非常に痛い。

またメインマシンがシステムフォルダへのウィルス侵食で崩壊・・・・・・。
復旧の目途が立たないのは、作業する手がパンパンに腫れて疲弊していることと、HDDっていうのは本当にダメージに弱いですね。
以前のような環境への復帰は望めないかも・・・・・・。
メーカ製のPCなため、修理に出すと、メーカより「法外な修理費」を請求されそう。
ぼくは自作PCもあるくらいなので、「修理くらい自分でやれる」つもり。
なので、修理費というもの自体が法外に感じられて仕方なし。
で、ご安心いただきたいのはレンタルサーバー側で、このサイトのウィルス・チェックサービスをしていただいております。
ウィルス感染はまったくないようです。


↑愚痴が多いね、どうにも・・・・・・。
運勢やジンクスなどはこれっぽっちも信じない頑なな唯物論者ですが、「偶然の失態、不幸の重なり」には独特のラインが生活の中に侵入しているのは認めます。
ああ、正に「ペスト禍」。

詩篇「ペスト禍」に関しては大阪府池田市在住の父よりFAXをいただきました。

神経の崩落の予感。
その切迫感が詩のリズム(萩原朔太郎の「竹」のような)を作り出していてよいと思います。
みふねの不可解な病床も作者の不安の投影であり、さらにそのみふねの不可解が作者の神経に投影して不安を増幅させる・・・・・・。
そこのところがよく書かれていると思います。
ただ、「ペスト禍」というタイトルは意図が判然としないのですが・・・・・・。

息子(といっても親離れ、子離れ済みですが)の詩に「神経の崩落の予感」を読み取りながら、冷静な批評眼を最後まで貫く(ただ萩原朔太郎の「竹」を引き合いに出すなんて、それ父自身の趣味嗜好じゃん!)。
中々、珍しい父親だと思うなあ。
最後のラインの、 ただ、「ペスト禍」というタイトルは意図が判然としないのですが・・・・・・。
ああ、そんなものかと。

ロードマップを作ります。

3日後くらいにL a L a仙台公演について詳細と現況などを書きます。
また「続・ソニマージュ・レコーズ」に、バンドTHE CLASHを軸にした(ロンドン)パンク・ムーブメント概論を書こうと意欲いっぱい。
また、仙台公演以降のスケジュールについて、多少書きます。
あとね、とびきり美味しいネタを拾いました。
鮮度のいい時期に書いておきたいものです。

明日、明後日は大手人材派遣会社との「契約社員誓約手続き」。
これつまり派遣会社の登録スタッフではなくて、「契約社員雇用」への昇格。
待ち受けているのは仕事内容の増大。
ああ、「当社会末端労働者と音楽貴族の両立は可能か?」なんてことも書きたいものです。

サイト更新を怠っていても変わらずにアクセスいただいているようで、大変うれしく、同時に責任もまた痛く感じます。


sonimage groupement!!
管理人
nakao chisato









6月19日


↑、更新、クリック!



From nakao chisato( HP ) To rottenlily@moon at 2003 06/18 10:11

ペ ス ト 禍


父よ 、母よ 、

強い焦燥感 、突然に噴き出す 、

( なにものからも )

飛び降りたい 、気運 、今日 、それとの密会 、

度々の 、

ささやき 、

モウ( そろそろ ) 、イインジャナイノカ?

飲んだ水さえ 、直後に吐き下してしまう 、飼い猫 、

みふね 、

病院へ行こう 、ぼくと 、

病院へ行こう 、ぼくと 、

あたらしい猫砂を買って 、清潔な 、

清潔な 、

歩き出すことさえも 、いちいち躊躇うくせに 、

つまらない常識など 、潰せると想っていた 、

ぼくが生きていた時代の流行歌で 、

その俗謡は 、

父よ 、母よ 、

滞り 、足踏みする 、

( 結論というものの遥か手前で )

滞り 、足踏みする 、

ただ 、その無様を 、

無様な歌手が謡い 、

無様 、

父よ 、母よ 、

ぼくが生きていた時代の流行歌で 、

今日は 、

飼い猫を動物病院に連れてゆき 、

彼 、みふねが 、

水 、胃液 、

内容のない 、吐瀉物を 、

かくかくと 、足崩れ 、

水 、胃液 、

内容のない 、吐瀉物を 、

かくかくと 、足崩れ 、

咳するように 、

吐いては 、午睡に堕ちる 、

飼い猫 、みふね 、

病院へ行こう 、ぼくと 、

病院へ行こう 、ぼくと 、

あたらしい 、猫砂を買って 、清潔な 、

清潔な 、

滞り 、足踏みする 、

ただ 、それだけの 、

具体 、  

内容のない 、吐瀉物を 、

消毒用アルコールで 、湿らせた 、

ペーパーで 、拭い去る 、機運 、

父よ 、母よ 、

モウ( そろそろ )イインジャナイノカ?

生命というものが 、それ自体 、死病のように 、

生命というものが 、それ自体 、死病のように 、

生命というものが 、それ自体 、死病のように 、

通院という 、プログラムが 、

かくかくと 、足崩れ 、

生活を 、

仕切る 、今日の 、

仕組まれた 、

密会 、

内容のない 、吐瀉物を 、

咳するように 、

かくかくと 、足崩れ 、

消毒用アルコールで 、湿らせた 、

ペーパーで 、拭い去る 、今日の 、

( かの俗謡が頭蓋の淵で盛る程にリピートを仕組まれている )

無様 、

父よ 、母よ 、

生命というものが 、それ自体 、死病のように 、

また 、この国に 、

( この国の )

夏が来ます 。
















特別な感謝を 、












6月3日

まあ、ここら辺で一発、衝撃の告白とやらをさせていただきたい。
先日「うちクル? (フジテレビ系列)」を観ていたのだけれど、近年とみに後退の一途を辿っていた中山秀ちゃんの額の毛が、どうにも不自然に復活している気がする。
これは問題である。

それはさておき、断言したいのが、いまや「なかおちさと問題」は「2000年問題(あるいは「にせんねんもんだい」)」よりも深刻である!
ということだ。
まず、あれだけ忙しかった仕事が、今週からさっぱり無くなった・・・・・・。
問題である。
あと、2ヶ月くらい前から、医者に「脂肪肝」と診断された。
あの「不治の病」だ・・・・・・。
問題である。
ああ、ビールが美味しい。

ええ、↑辺りで読む気をなくした方は既に次のお気に入りサイトに移っていった後だと思うので、そろそろつまらない本題に入りますが・・・・・・、「なかおちさとは一体いつまで自分の名前を平仮名で表記する気なのか?」・・・・・・問題です・・・・・・。

いまさら、何故にこのことが問題なのか? 
実は当サイト「sonimage groupement!!」は、日本国外からのアクセスも頻繁でして、アジア、オセアニア、欧州、南北アメリカ大陸、中東と色とりどり。
へええ、各地に日本の方が出張、留学か何かでいらっしゃって、アクセスいただいているのか・・・・・・それにしては最近、更新してなくて申し訳ないなあ・・・・・・などと思っていたのですが・・・・・・。
色々と反響をいただいているとですね、アクセスを戴いているのはどうやら日本人ばかりではなくて、まるっきり「その土地の方」も多く含まれているようなんですね。
え? と思うのは、このサイトは日本語の記事だけという点。
「その土地の方」も日本語で読んでいるの?

「皆さん翻訳ソフトを使用して読んでいる」
これが正解なようです。
へええ、と思いつつ、自分のサイトに翻訳ソフト「訳せゴマver.9」を振り掛けてみてびっくり!
「なかおちさとに当たる言葉が見つからない!」
よくよく、原文と照らし合わせて見ます。

《主語なし》It is smartish inside さ with

どうやら↑がそうらしいぜ・・・・・。
解析すると「中落ち(It is smartish inside)」+「さ(変換なし)」+「・・・・・・と(with)」ということでしょう?
なんというか、このサイトの管理人のぼく自身の名前が正確に訳されていないのである!
そこで、他人事だと思っているあなた!
あなたは「kawaguti elegance+self」だ(敢えて名を秘す)!
ちなみに「nishimura table也」というのもある・・・・・・。

まあ、海外からのメールや、海外のサイトを翻訳ソフトを使って「英日」の方向で訳して、おかしな日本文に爆笑したりという経験はどなたもあることでしょう。
菊池明のソフトだとテキサスサイケデリックの「13TH FLOOR ELEVATORS」が「13階建ての床」と訳されたそうな。
キクが使用しているのは確かNEC製。
では、我が家の「訳せゴマ!」は?

第13に 床エレベーター

もっと性能悪いじゃん!
「13階建ての床」はきちんと日本文だぜ!
「第13に 床エレベーター」って全然言葉になってないじゃん!

そもそもの疑問で、何故、中尾千里は「なかおちさと」と平仮名表記に変えたのか?
これについては「名付け親」みたいな人がいるんです。
ザ・サーフコースターズのマネージャーだったMさんです。
当時、ザ・サーフコースターズのイヴェントによく呼ばれて出演していたLaLa.
Mさんの知人でLaLaを気にいってくれた方に姓名判断に凝っている人がいらっしゃった。
その方が、「千里くんは元々、大器晩成型。20歳台のうちに運を開くには名前の漢字表記は止めたほうがいい」とMさんに助言したそうな。
まあ、こんなデムパな話は軽くスルーして・・・・・・という気持ちもありましたが、それでも漢字表記「中尾千里」を止めたのは、情報誌「ぴあ」での露出を考えた結果でした。
バンド「カールマイヤー」、「見送りの日」は誌面にひしめく様々な和製英語バンドの中で非常に映えたんだよ。
「LaLa」については、ふたつの「L」を大文字にすることで、何とかなった。
ところがソロで名前を打つ際に、漢字表記の「中尾千里」は、様々な有名ソロアーティストの中で、表記の時点で埋もれてしまうのでは?
そんな風に悩んでいた時期だったんですな。
で、Mさんの(ご友人)の指摘を受けて、「ああ、ならばナカオチサトとカタカナ表記にします」と答えたところ・・・・・・。
Mさんは「ナカオチサトは<二閉じ>だからもっと駄目」というのである。
「二閉じ」というのは、名前の冒頭「ナ」が二画、名前の末尾「ト」が二画。
名前の冒頭と末尾を「二画」で揃えると運が向かないとか・・・・・・。
「平仮名にしなさい。なかおちさと」
なかおちさと誕生はこのMさんの断言の瞬間、中尾千里、多分、24歳の頃だ。
Mさんの押しの強さに負けたというのがホントである。
Mさんは他にも「さくらももこ」「ばんばひろふみ」「さだまさし」、あと微妙に「イルカ」の名付け親でもある。

たださあ、まあ、ここまで散々書いてきたように、このサイトの国際化、しかし管理人の名前が「中落ち」「さ」「・・・・・・と」、名前という固有名詞ではなくて、平叙文の一種に訳されてしまう現実。
それに加えて、そもそも「なかおちさとという平仮名表記は、20歳代のうちに運を開く」という前提条件で誕生していた訳でして、いま中尾千里は31歳。
もう「なかおちさとは期限切れ」なのよ。
そう「なかおちさとは期限切れ」なんだよなあ。
あと根本的な問題で、なんていうか、平仮名表記にしたところで運なんてちっとも向かなかったし・・・・・・。

ふと思い立ち、「中尾千里」と書いて、翻訳「訳せゴマ!」を振りかけてみる。

「Nakao Chisato」

!!!!!!!!!!!!!!!
おお、ずばり問題解決!
では、こちらのソフトを使ってみよう!
肝心の英語圏で著名な別の「日英」翻訳ソフトをインストール!
さあて、結果発表!

Nakao thousand village

・・・・・・。
・・・・・・駄目じゃん・・・・・・。
千里が「千=thousand」「里=village」って訳(わけ、やく)だろ?
・・・・・・。

あと、平仮名表記のなかおちさとから、漢字表記の中尾千里への「改名」を拒む事情って言うのが、あとふたつあるんだよ。
ひとつはライター仕事を「中尾千里」という漢字表記で請け負っている点。
ライターといっても、皆さんにお見せできるようなクリエイティブな仕事はまだ一件もこなしていないから、なんというか気持ちの整理がつかないんだよね。
あとさ・・・・・・。
誰だよ、このコ?
クリック!!

http://www.inp-tutu.com/talent/profile/tisato_nakao.html

子供じゃん・・・・・・女の子じゃん・・・・・・(千里というのは朝鮮半島の故事、「千里馬」に由来するので、元来は男の名前)。
身長139.5cm 体重46kg
オレよりも体型に問題ありそうじゃん・・・・・・
●三味線 ●HIP・HOP ●タップダンス ●歌 ●日舞 ●一輪車 ●体操
他については理解できるけれど、「HIPHOP」っていうのは絶対に嘘だ・・・・・・。
何よりもブラウン管で観たことないし・・・・・・。

詩作では早いうちから「nakao chisato」名義で始めていました。
ローマ字表記でも、「ファミリー・ネームを先に、ファースト・ネームを後に」は、カールマイヤーが発表した2作品でそうしていることの名残。
勿論、小学生や中学生の頃に読み漁った本多勝一の主張が背景にあることを否定しません。

まあ、問題の指摘ばかりに終始して、あまり結論はなく、ただぼんやりと想うのは、今月辺りから山崎巌さんのアトリエで製作、録音開始のソロ・アルバムの名前表記は、「中尾千里」という表記にしようかなということ。
これは24歳以前の表記に戻るということだけ。

それといつも海外から盛んにアクセスいただいている大勢の皆様。
改めて、ありがとうございます。
いつもとても励みになっています。
記事量が多いので、どこから「English」のページを作ろうかが悩みどころ(当サイトの使用しているアクセス・ログは非常に大雑把。皆さんがどのページにアクセスしているかまでは解析できないんです)。
当サイトの管理人の名前は「It is smartish inside さ with」とか「Nakao thousand village」ではなく、NAKAO,Chisatoです

The Profile of NAKAO,Chisato (English)
↑、click it!!

まず音楽レビューのページの更新を定期的に再開しようと想っています。
これからも末永く宜しくお願いしますね。


NAKAO,Chisato
JUNE 6 2003
sonimage groupement!!






先週末に向井千恵さんから我が家にFAXが届いたのですが、宛名が「中尾ちさと」と、なんというか非常に微妙だったことが、この記事を書かせた直接の動機です。













1804. あああああああああああ、 管理人おちよ。 [URL]  2003/05/27 (火) 20:16

>皆様

生きているから忙しく、申し訳ないです。

もう今年は既に、今日現在で、去年の年収分くらい軽く稼いでいます。

更新、レス、その他、ぜーーーーーーーーーーーーんぶ、待ってください。申し訳ないが、ひとりの中年男ががんばって社会復帰を果たさんとしているところだ、見守ろう。




↓、地震、ダイジョウブなの?>たけけさま








我が家の猫のみふねくんが骨折より完全復活した。
仕事から帰ると、エレベータホールでのぼくの足音を聴きつけて、しっかりと玄関口で「うぐゆうう、うぐゆうう」。
そうです、日本語で「うぐゆううう、うぐゆうう」、つまり「お父さん、今日もなんだか足が納豆みたいな匂いになって帰ってきたね」と言ってくれます。
うん、そうかなあ、ま、お父さんも年を経た証拠かな、ははは、とこぼしながら、コンビニのおにぎりが夕食。

洗濯機を回しっ放し、「正体なく寝る」。

昨今の洗剤には「部屋干し用」というものがある。
職場で「あれってどうなの やっぱり匂いとかしないものなの?」。
「匂いとかしないものなの?」
それはつまり洗濯物を部屋で干したとき特有のブルーチーズ臭さがなくなっていることをいう。
「うん、確かにしないものですよ」
5歳年上の強面の方になるべくフランクな口調にて応え帰す。
洗剤ひとつの話題でも仕事の上下関係は人間関係。
人間同士のなんというか下克上的な権力闘争が潜んでいて、目上の人に際して、会話のトーンにのんびりした調子を付けてあげることって、実際は熾烈な緊張感で支えられているのだ。
暇になったら、思い返して分析してみよう。

仕事から家に帰ると、我が家の猫のみふねのごはんの減り方をチェックする。
あまり食べていない。
忙しくスーツを脱ぐぼくの足元の動作に身体中を絡ませて、みふねのハミング。
「むにゅゆにゅにゅううにゅうにゅ、む」
つまり日本語で「夕刊フジを読みながら、おいぼれてくのはごめんだ」とブルーハーツの一節を軽やかに歌ってみせる。




ひなたぼっこするもの、この指止まれ。
午前0時にふと目を覚まして、放置していた洗濯モノをハンガーに掛ける。
太陽はいまブラジルの所有にある。















加筆

1792. 復活の日 管理人おちよ。 [URL]  2003/05/13 (火) 19:42

>皆様

先週末、9日の高円寺ペンギンハウスにお越しいただいた皆様、及び出演を快諾していただいたアーティストの方々に、改めて感謝いたします。

当日のパフォーマンスすべていまだ鮮烈です。
(恵美さんのドラムは、ぼくの「理 想」で、イヴェント開始早々驚愕です)

鳥を見たとセッション(
それぞれに、それぞれの事情にて失敗しました。ごめんなさい)、合計1時間半弱演奏していたのかと、翌日は満身創痍。
当日使用のエピフォン・カジノというギターで肋骨を痛めたようです。
いまでもカジノを抱くと、身体に当たっている部分(主に肋骨)が痛い痛い。
sessionは、ご覧いただいた方はお気付きでしょうが、ぼくが当日2台使用したギターアンプのうち、1台が鳴らなくなってしまいました。
途中でシールドが抜けたからです・・・・・・。
宮下さんが途中で、ぼくにソロを譲るのですが、こちら音が出ない!
すぐに宮下さんに譲り返しました・・・・・・。

それでもsession自体は本当に楽しめました!
全編、初代BIGMUFF一発だけの宮下さんのソロ・トーン、気持ちいい!
演奏者たちの胸の内に響く「満 悦」が客席に伝わっていましたら・・・・・・幸いです・・・・・・(ご感想ください)。

鳥を見たは評価様々でしょうが・・・・・・「失敗する構造」を(持ち味としても)絶えず抱えているユニットなのだと思う次第です。
相変わらずのぼくの「走 り 癖」で、壊してしまったものがいっぱいありすぎました。
次回だろうがいつであろうが、絶えずリベンジ


白眉たるセッション。
川口雅巳、宮下敬一、なかおちさと、山崎巌。
セッションし易いコード、キーで進行、転調、変調しましたが、ラインの採り方などでの「緊 迫」や、4人の間でのその時々の力 点たるひとの移り変わりは、あの夜、特有のものです。
自分でも思いがけず美しいリフを紡いでうっとり。
気持ちがいいことこのうえないです。
ただし、音楽とは後に「伝 説」として語られても意味はなく、リカルドさんのご指摘通り、いま観て貰わないと仕方がなく・・・・・・。
今回はぼくの広報不足、露出不足こそ甚だしく、深く反省です。


また、ぼくに関してはL a L aでの仙台公演の前に、もうひとつ公演が増えました。
6月のある休日のこと。

(短いセットだと思います。エレクトリックとアコースティック両方で山崎巌さんとです。

「鳥を見た」ではありません)


場所は「川崎市市民ミュージアム」という、素晴らしいロケーション(大好きなんだ、あそこ)!!
公式発表などはまだです。

http://home.catv.ne.jp/hh/kcm/

まだミュージアム側にも詳細は伝わっていないと思いますので、当面のお問い合わせはソニマージュ・レコーズにお願いします。
(当日の企画主催は川崎市市民ミュージアムです)
このサイト内でも日時内容詳細など、また追ってご報告いたします。

サイトの通常営業は・・・・・・


ああ、サイトってどうやって運営してましたっけ?

レス、私信返信、しばらくお待ちください(仕事溜まっていまして、すいません)。

愛の三部作第一章
モアモアラブ

「石塚 隆則 展」

会期:5/12(月)〜17(土)
11:30~19:00(最終日 16:00まで)
会場:銀座 小野画廊U
〒104-0061
東京都中央区銀座1-9-8奥野ビルB1(右奥階段下)
TEL.03-3535-1185


こちらも宜しくお願いします。



プラス、
今年中に一枚、CDを完成しようと思っています(発表は来年位になるのかな・・・・・・?)。
CD-Rではなくて、裏が銀色のCDですね。

いま、僕らの横並びのバンドやアーティストって<作品を作る>ってことに、もっと力を入れないといけない気がする by 山崎巌

すべてのユニット(の諸要素)を網羅しながら、その実、「う た」を遺したく思います。

sonimage groupement!!
ソニマージュ・レコーズ

なかおちさと




(参考資料:「ボ ツ」記事、↓)






5月9日


5月9日(金)高円寺ペンギンハウス
「見送りの日 vol.2」
開場19:00 開演19:30

19:40
ハウスアナウンス

19:45
川口雅巳(みみのこと)&恵美伸子(つるばみ)DUO

20:30
Mandog(宮下敬一)

21:15
鳥を見た(なかおちさと、菊池明、山崎巌)

22:00
川口雅巳、宮下敬一、なかおちさと、山崎巌セッション


(当日のみ ¥2000)
ペンギンハウス 03-3330-6294


さあ、公演当日に弾く楽器がいまだ決まっていない。
・・・・・・。
ペンギンハウス様にはコレコレそれぞれマイクが何本などとメールを差し上げたのですが、あ!
あそこにもうひとつマイクが必要!
あ、あのときマイクがもうひとつ必要!
いま、気がつきました、ヒヤリ・・・・・・。
でもさあ、去年末のソロをご覧頂いた方!
あの日のような膨大な楽器類を使うことはまずないのでね。
ああ、あの夜はねえ(以下、遅すぎるパーソナル・レポート)・・・・・・。

♪ぼくの大好きなクラーリネット♪が音がでなくて、どうしーよ?
なんて、言われてもシラネエし、そもそも標準的なクラリネットのB♭管なんだろ?
始まりはドじゃなくてB♭だぜ! などと突っ込みどころが多い歌で有名な「クラリネット」。
公演の半年前に手にして、練習を重ねてまいりました。
内緒でね。
ホントに「ナイショ」であることが一種の快感でね〜え。
このページ「見送りの日」に書いてしまいそうだもの!
というか
「いまクラリネットを練習しています。
すっごい惚れましたね。
いや、バイオリンも始めてはいるのですが(5本くらい買った)、どうも主たる音域が、ぼくの好みでは高すぎてね。
あと、sachikoさんとご一緒したときに、ビオラを弾いていらっしゃって、ビオラ、うんいいねえ」
と書きたくて仕方がなかったな。

あ、思い出した!

打ち上げのときに、お客さんに「なかおさん、バイオリンの音が綺麗でした」と誉められた際に、「いや、ぼくバイオリンは弾けないんです」と正直に答えましたら、横から川口さんが「うん、バイオリンは僕の方が巧いとおもった」と仰いながらビールをゴクリ。
うん、ビールをゴクリ。

そのクラリネットで、当日のテーマを吹く予定でした。
ははは、音が出ないよ・・・・・・。
衆人環視の中、音が出ないよ・・・・・・。
当日の「テーマ」たるメロディが吹けない、鳴らせない訳ですよ・・・・・・。







↑、ここまで書いて「ボ ツ」決定にしました。
↑、ダラダラとして、凹凸なく、つまんないよな、なっ!?
ああ、こころ忙しいときに書くのはやめよう。
















4月29日

日々雑感

いままた病床にいる。
「あら、いつものコトじゃないの、虚弱デブのせいでしょう?」
口の悪い、あのひと、このひとは、コウノのひとはそう言うかもしれない。
コウノのひととはコウノさんのことである。
「それってデブだからでしょう?」
コウノさんでなくても、ぼくを見てひとは思わず言いたくなるのだろう。
その都度、いや、ぼく自身の病床ではないのですよ、コウノさんなどとエキュスキューズしなくてはいけない。
余談だけれど、同じく先週だったか、軽い風邪で鼻声だったとき、母親に言われた。
「あらあ、ひょっとしてSARSじゃないの?」
SARSを疑うのはあなたが生んだ長男、瑞樹(37歳)の方だ(下の記事参照のコト。いまは「ピンピンしてる」そうだ)。
猫のみふねが指を骨折した。
先週末のことだ。

満一歳を迎えて、去勢手術を施したばかりのみふね。
去勢手術直後のレポートがある。
そこでは去勢手術の影響で、なんとも大人しくなったみふねの「瞬 間」がスケッチされている。
ああ、「瞬 間」、瞬く間と書くのだねえ。
記事を書いて発表した2日後位から、みふねは去勢手術以前にも負けないくらいのちからで弾丸のように家中を飛び回り始めた。
「暴 走 族」
猫を飼うひとは皆そう言う。
そのうちの何パーセントだろうか、「家のどこかにぶつかって怪我」する間抜けちゃんがいる。
我が家のみふねもまた間抜けだった。

前日の深夜から翌朝まで、つきあっている人間さまがノイローゼになるほど暴れまくっていたその日のこと。
夕食の支度をしていると昼寝から目覚めたみふねがヨタヨタと歩いてくる。
左前足を宙に浮かせて、残った3本の脚でヨタヨタ。
「よ、またあたらしい芸を覚えたのかい? いい子だ、今日はご褒美にカリカリではなくて猫缶にしよう」
なんて余裕は微塵もなく、おおおおおおおおおおおおいいいいいいいいいい交通事故かああああああああ?
マンションの5階、完全室内飼いにて交通事故など起こりようがない。
しかし、みふねは交通事故被害者のように、ヨタヨタ・・・・・・。
突然のことにたじろいだ。
なにせ、先ほどまでいつもと変わらない穏やかな午睡でスヤスヤと寝ていた彼だもの。
しかし、左前足、招き猫にたとえると左手にあたる左前足だけを床につけないように慎重に歩いてくる。
その様は24時間テレビで、何のためだかよく事情は呑み込めないけれど、とりあえず長距離マラソンしていた西村知美のゴール前の映像がフラッシュバックする・・・・・・。
武道館では徳光和夫が感動して泣いているのだ。
「知美ちゃん頑張ったね」
いや、みふねだよ、みふね。
それも頑張ったねって感動は全然ないし・・・・・・。
オレ、思考停止。

ともかく近寄って患部を診る。
どうにもどうなっちゃっているのか分からない。
関節が外れたの?
もう動物病院はやっていない時刻。
翌朝、通称「みふねバック」という、みふねを入れて持ち歩ける便利なバッグにみふねを押し込んで、動物病院、朝一番の患者としてみふねを抱えていった。

しかしなんというのかなあ、みふねは先生による触診を嫌がる訳だ。
「うんうん、ここ(病院)が嫌いなんだものね?」
そう言いながら患部を診る先生。
それにしても「うんうん、ここが嫌いなんだものね?」と言われながら診断を待つ飼い主の気持ちって何とも言えないぜ。
「あ、いえ、先生、そんなことはないんですよ。みふねもお世話になっていること自覚してますし、いや、みふねをそんな恩知らずな猫には育ていませんから、あの、どうかこの子を治してあげてください」
などと思うのだが、先生が触診する度にシャーシャーと声を荒げて威嚇するみふねは、なんというかやはり恩知らずの無礼者だ。
「いや、普段から暴れまわっている子なので、どの瞬間が決定的な事故なのか分からないんです」
ぼくの説明に「そうだよねえ」と深いため息をつく先生。
ぼくの旅行中に預かってもらったとき、あまりにも暴れる少年みふねに手を焼いた病院は、洗濯ネットにみふねを押し込んだほどだ(←驚くでしょうが、ごく普通の対処法です)。
「レントゲンを撮りたいけれど、この子、大人しくしてられないから・・・・・・鎮静剤を注射してからレントゲン撮りますね」
いや、↑、これまた驚くでしょうが一般的な対処法です。
レントゲン撮影の結果、指が一本、きれいに折れていた。
「突き指が進行して折れてしまった感じ」
・・・・・・。
全治2週間。

折れ方がきれいだったことも手伝って、幸いなるかな手術するほどではない。
手術の場合は、まず指先を斬って、そこに金属の細いピンを添え木のように埋める。
そのピンは骨折が完治しても抜かないのだそうな。
もう一度書く。
手術の場合は、まず指先を斬って、そこに金属の細いピンを添え木のように埋める。
そのピンは骨折が完治しても抜かない。
コワッ!

怪我から数日、みふねは我が家。
ぼくの24時間完全介護付き。
ぼくの家の一室が「病 室」。
まあ、完全介護といってもこうして駄文を書きながらなのだけれど。
しかし、怪我をしている猫と24時間一緒。

同じく先週、水曜日のコト。
持病の悪化が著しく、遂に「入院勧告」が出された。
みふねではなくて、飼い主のぼく個人に下された入院勧告。
「ただ、一回の入院で20万円くらい掛かりますから、まずご家族と話し合ってください」
飲むべき薬を袋から取り出して飲む。
そんな簡単なコトもできなくなってしまっていた。
どうしてだからか、もうぼく自身にも分からない。
ぼく自身だからこそ分からない。
飲む薬がどれかも分からないので、薬袋に手を入れたままでずっとゴソゴソと手を動かす。
薬はこの指先に確かに触れる。
でも、触れたそいつら、どの薬を飲めばいいのか、どうにも分からない。

いま飼い猫のみふね。
指一本を骨折しながらも、24時間、ぼくを完全介護してくれている。
「入院勧告」
「ただ、一回の入院で20万円くらい掛かりますから、まずご家族と話し合ってください」
完治への希望というものは、たとえば診察室で予算とともに告げられる「入院勧告」のように、ひどく現実的、かつ具体的なメニューであり、財布の中のコインを数えたり、銀行の残高を照会する実生活というものの中で、そう容易く捨てられるものではないんだ。












↓click it!!

5月9日(金)
ペンギンハウス高円寺
見送りの日 vol.2
鳥を見た
mandog
川口雅巳(みみのこと)&恵美伸子(つるばみ)DUO
session
なかおちさと、川口雅巳、宮下敬一

open 19:00 / start 19:30
2000yen





L a L a

仙台公演日程

こむばむわ。
7月26日の件です。
「音と現象(仮)」
場所は、LIVEHOUSE ennにて。
前売1000円
当日1500円
開場18時、開演18時30分です。

友達のカッコイイバンドがなかなか集まらなくて、困っております。
フライヤーに書くLaLaのプロフィールなどを送って頂けると嬉しいです。





THE HARD ROCK BAND!!, It is








4月19日

今年の音楽活動が出遅れております。
事情を申しますと、去年末のペンギンハウス「見送りの日」。
三上寛、JOJO広重、川口雅巳、なかおちさと。
↑、そう、これよこれ! コレがいけなかった!
いや、そんな書き口はどうかな・・・・・・。
ソロというのはバンド人間にしてみるとノイローゼ状態である
しっかりと断言しておきたい。
社交が基本のバンド活動が「普 通」のぼくにしてみると、「ソロというのは一緒にやってくれる友達がいないから仕方なくひとりぼっち」です。
ええ、「友達がいないから」です。
三上さんがいい例でしょう・・・・・・。
・・・・・・。
あ、いえ、青森の小泊村でひとり寺山修司に憧れていたビートニク少年の孤独を想え!
上京して岡林信康に感化されて歌いだす。
それは360度、ぐるりとしても、ああ、なんともひとりぼっちな「イメージ」が伝わってくるではないですか!
それとも、ぼくの言ってることってそんなに間違っています?
どの辺が間違ってます?
文句があるならぼくに直接言ってください。
まあ、そんな感じで去年末はノイローゼでした。
2003年のことなんて考えていられなかったんです。
で、無事、公演を終えて、レポートも書かずに年が明けて、さて、2003年の音楽マップを開こうか!
うううん、年が明けてしまうとどこのライブハウスも週末は予約でいっぱい・・・・・・。
今年のスタートは5月9日(金曜日)、ペンギンハウス高円寺での企画です。

5月9日(金)
ペンギンハウス高円寺
「見送りの日 vol.2」
鳥を見た
(なかおちさと、菊池明、山崎巌)
mandog
(宮下敬一)
川口雅巳(みみのこと)&恵美伸子(つるばみ)DUO
session
川口雅巳、宮下敬一、なかおちさと


気がつけば、おや、あと20日・・・・・・。
皆様は来週から行く先々のショップでこの公演のチラシを見ることでしょう。
↑ああ、「フライヤー」ね、「フライヤー」。
さて、上記記事中の「今年のスタートは5月9日(金曜日)、ペンギンハウス高円寺での企画です」。
実はその前にステージ踏んじゃいました。
4月13日(日)どんしんくとぅわいすでの友部正人&大塚まさじ限定ライブ。
ここで3曲も歌いました。

追浜にある居酒屋「どんしんくとぅわいす」。
友部正人、初期の作品からお店の名前をつけたのだとオーナーは言います。
3年前から、お店の開店記念日に、この小さな居酒屋さんで友部正人限定ライブが行われるようになりました。
「限 定」とはお客さんが20名しか入れないお店の面積の事情。
3年前に友部さんのもとにこのお店からの出演依頼が届きました。
「最初は断りに来たの。でも、ビール飲んだらすごく美味しくてさあ」
引き受けちゃったんだって、ユミさんが去年、言ってました。
去年、友部さんに加えて大塚まさじさんが加わりました。
友部さんが一時間、大塚まさじさんが一時間、最後にふたりで一緒に。
ぼくはね、大塚まさじさんが、「あのディランUのおおつかまさじさん(←オリジナルアルバムクレジットはひらがな表記)」とは露知らず、「わざわざ関西から遊びに来た濃いキャラクターのお客さん」かと思っていました。
この「関西から遊びに来た濃いキャラクターのお客さん」が、一曲目に「サーカスにはピエロが〜、つきものさあ〜♪」と歌い始めたときは腰が抜けそうな衝撃!
ディランU
??????????????
唖然、呆然。
「きのうの思い出に別れをつげるんだもの ザ・ディランU URC」
あのアルバムに詰め込まれている楽曲たちは、皆、「伝 説」のものだと勝手に思い込んでいたんだもの。
伝説が生々しい歌として瞬時に目の前に溶け出したんだもの。
もう、びっくりしたんだもの。

大塚まさじさんはいま神奈川県の葉山に住んでいるのだとか。
「ディランUだから大阪」
それは、刷り込みによる勝手な思い込み。
京浜急行沿線で結ばれているのかと思うと「伝 説」の歌も、「生 活」の中で、まだしっかりと活きていることを実感します。
そう、相変わらずサーカスにはピエロがつきものです。
シンプルなラインなのに豊かな響きが溢れ寄せる魔法が相変わらず活き続けています。
オリジナルアルバムのクレジット「作詞・作曲 象狂象」、西岡恭蔵さんは既に鬼籍に入られました。
それでも歌われると活きるのが「う た」のちからなんだなと思うんだもの。

「ぼくは君を探しに来たんだ」
この「どんしんくとぅわいす」という居酒屋さんには音響装置がまったくない。
歌手はマイクもなくて、生声をお店の中に響かせる。
「ぼくは海を離れ 山を越えてやって来た」
目の前で吐き出されるシャウトは、この曲が大阪ではじめて録音された1980年、まだ30歳の友部正人の癇癪が尖ったままだ。
「話しじょうずの君にも会いたかったし」
このラインで聴く者はぼく=友部正人の「君=聴き手自身」であることに感謝しながら、
しかし、
ぼくのいない町で暮らしたかったから
と驚くラインが続いた途端に、
一瞬にして覚醒する。

「ぼくのいない町で暮らしたかったから」
それはいったいどういうことだろう?
実際にはどういう事情で?

きっとこのラインに至って、探されるべき客体としての「君」から、探す主体としての「ぼ く」へと瞬時に自分を重ねてしまうひとたちが、友部正人を愛してきた。
「ぼくは友部さんと灰野さんの間で歌を作ってきたから」
割礼の宍戸幸司の告白を想い返す。

幸い、今夜はマイクがない。
口をマイクから離せない不自由が大きなステージでの悩み。
でもマイクから自由になった今夜は、身体を折り曲げて思う存分にシャウトできる。
この歌に託せるサイズの分だけシャウトできる。
言葉の最善の意味での「信じ難いシャウト」。
顔を紅潮させて歌う友部正人、このひとの「骨 頂」を見せられた夜でした。

ふたりのライブの後は、その場で打ち上げ。
さて、4月11日記事から以下。
「奥さんのユミさんはぼくの無駄遣いや、贅肉のつき加減などをお母さんのように小言します」
ええ、この夜、開口一番「なかおくんダイエットに失敗したの?」。
ええ、そうです・・・・・・。
宴が進むとお客さんがひとり「それではここで僕が一曲・・・・・・」。
歌い始めました。
時勢柄、「反戦フォーク」です。
ぼくはその方の歌より、手にしているギターに釘付け。
YAMAHAの赤ラベルFG-180、しかも音叉マークではなくて「YAMAHA」の「横ロゴ」だ〜!!!!!!!
↑、何を書いているのかサッパリでしょ?
「こっここれ、赤ラベルじゃないですか?」
興奮して訊くぼくに、「え、なんかこの店のお客さんの忘れ物みたいですよ・・・・・・」
解説しますと、このギターは1960年代の後半にYAMAHAが世に送り出した国産フォークギターの最高峰と謂われて無闇に有難がられているギター。
ヤフーオークションでいつもタメイキ。現物を間近で見たのは初めてなので興奮。
「弾きたい・・・・・・」

オーナーも「それでは次に私が・・・・・・」
オーナーが持っているのはGUILD社製のこれもまた1960年代のもの。
ニック・ドレイクが使っていたのと同じなのだといま書きながら思い出しました。
「弾きたい・・・・・・」というか「触らせて貰えますか?・・・・・・」

ええ、そんな訳でその場で「次はぼくが・・・・・・」と名乗り出ました。
今年の初ステージです。
しかしこの場で歌えそうな持ち歌がないのがハード・ロッカーの哀しいところです。
仕方なくその場で作りました。
ああ、もう場ができあがちゃって誰も聴いてない・・・・・・。
目をまん丸にして凝視しているひとがいました。
友部さん(酔っ払った方の友部さん)です。
「いま作ったのお?」
びっくりして訊かれました。
もう、あの目が本当にまん丸で、ぼくはその目の方にびっくりしました。
「え、もう一曲、何か歌って」
その注文はぼくにしてみると「もう一曲この場で作れ」ということです。
なんだかんだと3曲も歌いました。
「今日の歌、良かったよ〜」
友部正人さん(
酔っ払った方の友部正人さんが誉めてくれました
リクエストも頂きました。
ええ・・・・・・いま、どんな曲だったかサッパリ覚えていません(但し、使ったコードはCとGだけだったはずです)。
友部さんの反応も当然、印象的なのですが、傍にいたお客さんの「遠藤賢二の世界だね」とポツリ漏らした感想も脳裏にぺっとりです。
「遠藤賢二の世界だね」
この方の世界観において「遠藤賢二の世界」というのは、果たしてプラスな世界なのでしょうか?
気になって仕方がありません。
実際に触れたYAMAHAの赤ラベルFG-180は、上位の12弦モデルFG-230(ぼくはこのギターの虜で、60年代が1本、70年代が1本、計2本持っています)の方が「造りも響きも上」でした。

帰り道、友部さんと横浜駅西口のクロサワ楽器の充実振りについて情報交換しながら、京浜急行に揺られています。
帰り道、ユミさんの薬指に光るサファイアの指輪について尋ねながら、京浜急行に揺られています。
「ぼくは君を探しに来たんだ」
その至福に感謝しながら、でも、
「ぼくのいない町で暮らしたかったから」
このラインに将来の不安を聴いてしまいます。
旅人はヨコハマを離れてしまうかもしれないという不思議な気持ち。
居酒屋どんしんくとぅわいすは京浜急行線「追浜」駅にあります。
京浜急行線では「金沢八景」駅までが横浜市で、「追浜」駅からが横須賀市です。
追浜は流れる川に不思議と濃厚な海の薫りがする町です。








今日の歌、良かったよ

















4月11日

一部改訂稿

記事を読む前に参考にしていただきたく存じます。
http://www.asahi.com/special/sars/TKY200304030287.html


イラク情勢にチャンネルを合わせる毎日、毎夜、次のトピックは「ゴジラ松井」か「新型肺炎SARS」です。
どちらもイラクへの侵略戦争がなければ、一日のトップニュースだったでしょう。
松井の活躍に、昔、ぼくが本当にひとりぼっちだと思っていた頃、メジャー・リーグへの孤独な挑戦をしていた野茂英雄。
彼のニュースだけがこころの支えだったことを思い返します。
「昔、ぼくが本当にひとりぼっちだと思っていた頃」
実はそんなの「ぼくがぼくのことしか心配していなかったコドモだった時代」の証明です。
でも、そのときの「自 縛」が、いま「社 交」の際に、ぼくのID証明になってくれています。

先日、大阪に住むぼく以外の家族、父、母、兄が中国へと旅行に出かけました。
母のぼくへのお土産が日本円で3000円の胡弓(二胡)。
兄貴はお土産ではなく、重い肺炎を持ち帰りました。

SARS?

最初に動揺したのは現場の臨床医と病院です。
幸い、抗生物質の投与で兄の高熱は下がりました。
こうした回復は「SARSではない」ことの立証とされているようです。

それでもいま、ぼくの家族は兄は勿論、父、母も外出禁止の軟禁状態です。

兄とぼくとはいま交流がまったくないです。
最後に逢った日を想いだせません。
会話は「あ、おはよう」だけで、何故かそのコトだけは覚えています。
歳の差は6歳。
高校1年生の兄貴には、小学4年生のぼくは興味の範囲外だったでしょう。
中学1年生のぼくには、現役合格に失敗、浪人生たることに小さくなりすぎの兄に興味が持てませんでした。

ただ、中学1年生の兄貴は、小学1年生のぼくに洋楽を教えてくれました。
CLASHの「ロンドン・コーリング」が街中に響いていたのを記憶しているのは、兄が興奮しながらCLASHの新しいシングルの曲名を自慢げに教えてくれたからです。
元々はあのエルビス・プレスリーの持ち歌なんだ!
兄からの洗礼、洗脳によって小学低学年生だったぼくの柔らかい脳味噌は沢山のアーティストの名前と、沢山の曲名で埋まりました。
兄貴は家族全員に心配されながらも、ポール・マッカートニーの初来日公演の武道館チケットを買いに東京のウドー音楽事務所に徹夜で並びました。
来日した、成田空港でポール・マッカートニーは奇妙なタオルを手にしていました。
タオルの中にはマリファナが入っていて、ポールは拘置、強制帰国処分。
幻の初来日公演、夜9時のニュースに同じく徹夜したクラスメイトと長電話しながら嘆いていました。

ご承知のとおり、ぼくは歌はだめです。
自身のコト、ギタリスト、もしくは器楽奏者だと思っています。
ピアノはバイエルから始まって、どこまでだったか、ヤマハ音楽教室の「中級」まで頑張りました。
譜面とのにらめっこ。
でも、ギターで譜面と向かい合って一曲まるごと覚えた曲はひとつだけです。
「天国への階段 レッド・ツェッペリン」
小学2年生のぼくは、兄に聴かされて涙をボロボロに流しました。
ピアノで1オクターブ分の距離を片手で抑えることができるようになる前、まだ手の小さな小学生でした。
向かい合っていたのはリットー・ミュージック社のギターTAB譜集「ジミー・ペイジ」。
持ち主は兄。
中尾の家庭に一番最初にギターを買って持ち込んだ男です。
いつまで経ってもバンドが組めない可哀想な、しかし音楽の才はまったくないひとです。
一年間の浪人生活の末に立命館大学に入学。
横浜から京都へひとり立ち。
同時に父の単身赴任が決まりました。
兄は19歳ひとり暮らしの中、大学のサークル仲間と出会い初めてバンドを組んでました。
「浜田省吾の新譜の楽譜、そっちで売ってる?」
その頃、バンドマンとしてはぼくの方が先輩でした。
「毎晩、ひとり駅前でパチンコするしか娯楽がなくってね」
尊敬していた父が欝の兆候を見せた頃でした。
ぼくは中学をさぼって、大音量でヘビーメタル(ジューダスプリースト!)をかけてギターを曲のキーにあわせて即興ソロ。
そう、ジューダス・プリーストの全盛期のライブ、2度目の来日を生で観た兄が浜田省吾か・・・・・・。

幸いなところ、兄は現在、抗生物質の投与で高熱が下がりだした。
「抗生物質の投与で高熱が下がりだした」
それはSARSではないという証だと臨床医さんは胸を撫で下ろし、また父、母もひと呼吸。
ただ、いま「SARSノイローゼ」、肝心の兄が自分がSARSであると信じてしまったそうです。
また、「抗生物質の投与で高熱が下がりだした」のに、兄以外の家族の外出許可はいまだ解けません。
府の指導。
万が一ということがあるならば?
そもそもSARSそのものの症候の全様が分からない。
絶対に他の方に感染させてはならない、そんな子午線に大阪の中尾の家はあるようです。

ぼく自身、週末は仕事と友部正人さんと大塚まさじさんによる追浜の居酒屋さんでの限定ライブです。
友部さんの息子さんはぼくと「同じくらいの世代」で、かつ実はとなりの駅に一人住まい。
そのせいか奥さんのユミさんはぼくの無駄遣いや、贅肉のつき加減などをお母さんのように小言します。
「トモくんが25歳のときに、ワタシは19でさあ。で、いざ結婚したら急にトモくんの<お母さん>の役割でしょう? ホント騙された」
追浜の居酒屋でのユミさんのグチ。
中尾の家の母に気性が似ているんだ。
「家で母の小言を聞いているみたい」
家族が大変なときに何て悠長なんだと罵られるでしょう。

長生きしたい。
音楽家としてずっと成長したい。
執筆の依頼がビジネスとして舞い込むようになった。
書く者として成長したい。
一生、書きたい。
表現をさらにソリッドにしないといけない。
表現をさらにソリッドにしないといけない。
時間が掛かる。
知らないことが多すぎる。
分からないことが多すぎる。
全然、駄目だ。
見てない。
見えない。
聞こえない。
聞いていない。
長生きしないと分からない。
長生きしないと知りえない。
長く生きたい。
だから、SARSの最前線。
ぼくは、
中尾の家には行きたくない。








そこで、

感染したくない。

そこで、

兄のウィルスに、

感染したくない。





万が一という確率を心配する
府と同じだ
SARSではないだろう
肺炎という肺炎
仮にSARSでも「必 死」の病気ではない
畜 生
松井の活躍に、昔、ぼくが本当にひとりぼっちだと思っていた頃、メジャー・リーグへの孤独な挑戦をしていた野茂英雄。
彼のニュースだけがこころの支えだったことを思い返します。
「昔、ぼくが本当にひとりぼっちだと思っていた頃」
実はそんなの「ぼくがぼくのことしか心配していなかったコドモだった時代」の証明です。

畜 生






「ロンドン・コーリング」
「コール・ミー」
「孤独のメッセージ」
「フラワーズ・オブ・ロマンス」
「イン・ザ・シティ」









「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ」
「胸いっぱいの愛を」









皆様への私信として

BBSでのレス、メール返信の遅れ、いま少し時間が掛かりそうです。
来週までお待ちいただければと存じます。



中尾千里



兄の名前は瑞樹、瑞々しい樹木。
長年にわたる実証主義的なアプロ−チでの日本における口承伝説の研究が評価され始め、ただ今世界各国からの論文執筆依頼に慌てているそうです。
ぼくの名前は千里。
「兄貴が女の子として生まれたときのために用意していた名前」です。
由来は朝鮮半島の千里馬の伝説。
現在、売れないミュージシャン、食えないライター、日雇い労務者。
ぼくはいまでも兄の名前が好きです。
「千里」と交換して欲しいと昔はねだりました。
ただ、千里を生きると千里になってしまうものですね。
兄においても瑞樹を瑞樹として生きているようです。
どちらの命名も母。
父は兄のときにはレオ、ぼくにはアトムと名付けようと頑張りました。











再 録



2月25日
(2002年)

苦しそうな 、あなたには 、





From nakao chisato To rottenlily@moon at 2002 02/24 20:40

一対の

一対の もう 動かない わたしたちの 椅子 肘掛の 言葉を 生めずに もう

動けない わたしたちは 、

会話の ない 食卓の 飢え 。

ノイズ 、 不幸の 報せさえも 、

沈黙を 埋める 福音として 働き 、
                  ( 瓦解した 団欒 、)
ノイズ 、決して 挙動 椅子を 引き摺る
                  ( ここで ノイズ 、)
わたしを 、

元の 場所に 還してください 。元の 形のままに 。

望めるなら 一対の 懐かしい 椅子 肘掛の 
                ( 、 そこに 在る 無 )
重力 の 停止 。
            ( とても 懐かしい 一対の 無 )
重力 の 停止 。







しんとしてある 、夜 いま ここには 、
とても贅沢な静寂があって 、その 静寂は 、
なにか モノ を 読む 作業に必要とされる静けさ以上の モノ を 書く 作業に必要とされる 極 上 の静けさに満ちていて 、
ぼくが棲むこの土地の名前は「 山 王 台 」といい 、山岳信仰の日枝神社を麓にいだく「 山 の きみ 」の住まう土地で  、
横浜市で一番海抜の高いこの住宅地に 、そびえ立つ二本の鉄塔を見つけてください 、横浜市内の警察無線はすべてこの二本の鉄塔によって媒介されています 。
喧騒に溢れていた時代には過激派がこの鉄塔の元に爆弾を仕掛けました 。
以来、いまでも24時間、鉄塔は「 見 張 り 」たちの監視下にあります 。

ニュース番組ばかりを気にしていた 今 週  が 終わります 。

あなたには 無 事 を 、そして 、

あのものたちには 爆 破 を 、

それがぼくの棲むこの土地の 風 土 です 。






特別な感謝を 、
そして朽ち逝けゆりの花















4月1日

日々雑感

みふね。
我が家の猫、みふねは満一歳(推定)。
(推定)
というのは、彼の出自が捨て猫だったからで、正確な誕生日は飼い主のぼくにも分からない。
みふねを貰い受けた、野良猫保護のボランティア団体の方の「推 定」によると、みふねは3月中旬に生まれたそうだ。
中旬というからには3月11日から20日のこと?
その数日のうちの1日、さて、どれか! だなんて勝手に決める訳にもいかないから、みふねはこの先もお誕生日パーティーを知らないだろう。
満一歳を迎えて、みふねに去勢手術を施した。
去勢手術の施行はボランティア団体さまとの約束だった。
野良猫のこれ以上の繁殖を食い止める。
何故って、猫って人間とともに暮らすことの中で進化、交配してきた歴史だから。
その点で野生種の山猫とは決定的に違う。
「家 猫」
いまたまたま野良にいるのは無責任な飼い主のせいであって、家猫はあくまでも家猫。
いまは家の外にいるもと「家 猫」の彼、彼女たちにとって、「進化や交配の際にプログラミングされていない」野良生活は過酷。
↑、無責任な飼い主と書いてしまったけれど、もしぼくが事故かなんかでみふねよりも先に死んでしまったら、彼は再び野良に放たれるかもしれない。
食料の確保。
生ごみを漁るにも獰猛なカラスたちとの闘いにうち勝ってゆかないと。
それが毎日、毎日のこと。
いつかみふねが恋して彼女との間に子供が生まれても、みふねジュニアたちは生まれてすぐに野良という荒野で生きてゆくことを余儀なくされる。
みふね自身がジュニアだったとき、飼い主か母かに捨てられて直面したのは3月中旬のまだ寒さと厳しさが残る季節だったろうな。
寒かっただろうにな。

猫の満一歳というのは、人間にしてみると17歳に相当する。
これ、知ってた?
「成 猫」という言葉があって、これは人間でいうところの「成 人」と似ている。
身体的な成長がとりあえず完了しましたよってこと。
この「成 猫」の線引きが大体、満一歳。
身体的な成長はほぼ完成。
生殖機能だけではなくて、例えば尿管もしっかりと成長した。
生殖に関わる器官がすべてしっかりとしたので、安心して去勢手術を施すことができる。

しかし、17歳・・・・・・。
不適切な表現で申し訳ないけれど、17歳のぼくは去勢どころか、生殖器官をめいっぱい使うこと、それしか考えてなかったよ。
BGMはスティーブ・アルビニのバンド、RAPEMANだ。
(↑、日本の著名なコミックに由来するこのバンド名が大問題になってアルバムは1枚しか出せなかった)
うん・・・・・・まさに「SONICなYOUTH」だったよ。
振り返れば、日々ノイローゼだったな、いま思えばだけどよ・・・・・・

去勢手術を施す前のみふね。
もう暴走族並に部屋中を疾走していたんだぜ!
走り回るという表現では全然足りないんだ。
飛んでくる!
もう、四方八方、飛び回る。
それがね、いま去勢手術を経た今日はなんだか動き自体がのろいんだよね。
気配がない!
無駄に独り言を話さなくなったんだよ、どうも・・・・・・・。
本当に気配ってやつが、あれえ? あれえ?
おいおいおいおいおいおいおいおいおい、どこ、みふね、いま何処!?
え、マジに気配がないぜ。
おいおいおいおいおいおいおい!?
みふね! みふね! みふね!

ミャウゥ?

ひとり静かにひなたぼっこしてました。

恋くらいさせてやりたかったのも人情かな・・・・・・。
でもさ、まあこれからも一緒にゆっくり生きていこうぜ、みふね。

「17歳の満1歳」

みふねとハンナ・アーレントの著作たち
(ベッドサイドにおける思春期と故人の共棲)






音楽活動の出遅れが目立つ今年ですが、ようやく具体的な日程が幾つか決まってまいりました。

「見送りの日 vol.2」
5月9日(金)
ペンギンハウス高円寺

出演

鳥を見た
(なかおちさと、菊池明、山崎巌)

Mandog
(宮下敬一)

川口雅巳(みみのこと)&恵美伸子(つるばみ)DUO

なかおちさと、川口雅巳、宮下敬一、山崎巌セッション!



さらにBBSへの投稿でお馴染みのたけけさんの尽力で、L a L aの仙台公演が正式に決定いたしました。


日時は7月26日(土)
競演は、たけけさんのユニット深海魚。
さらに東京からママ!
会場はまだ知りません!
詳細は追ってね。


ご注意(追記)
日時が変更となりました。
BBSでの主催者のたけけさんの書き込みの通り、ママの出演も白紙なのかな?
ご相談承ります>たけけさま



そういえばL a L aの初ライブも3月くらいだったかな?
会場は渋谷のGIG-ANTICでした。
ラストにサンハウスの「レモンティー」をカヴァーしたんだよなあ。
あれ、何年前のことかなあ?
もう7、8年位経つのかな。

そう言えばバンドにも独特の年齢換算ができるよね。
L a L aは人間でいうと、多分、いま31歳くらいじゃないかなあ?
ええ、ぼくの実年齢と一緒ですけれど・・・・・・。

日々雑感














3月20日

うがいをすると黒い痰が咽喉元から剥がれるように洗面台に落ちた。
先週末の仕事からの帰宅の際だった。
仕事先が自動車会社だったためだろう。
オフィスと同じ棟にちょっとした工場がある。
そこではテレビジョンのコマーシャル・フィルムの様に、本当に新車を壁にぶつけて壊してはその耐久性を検査していた。
粉塵が舞う。
ああ、空気が汚れていたのかと、黒い痰を見て驚いた。
先週末のこと。
剥がれ落ちたその黒い痰を凝視して停止していた脳髄が急速に回転し始める。
ああ、そういうことか。
そして、どうなるだろうか。
痰とはぼく自身の身体、必死の防衛の結果で、でも甲斐なく翌日から風邪の症状が現れた。
それでも仕事場に出向く。
スーツも、パンツ、コート、すべてにagnes.bの刻印がある。
向かう先はパーティ会場ではなくて、仕事の現場、大小のオフィスで、ああ、こんな使途のためにこれらの服を買った訳ではないのにねと苦笑する。
ここ一連の仕事の雇用形態はいわゆる「日雇い」で、今日の日雇い労務者が履くものはボロボロのチノパンだけではない。
それにしても身に纏うものすべてに名前が刻印されているなとぼんやり考える。
考えると、思い、想いが脳髄の色々な場所から浮かび上がる。

無数の死者、無名の市民。
こうした言葉が大嫌いだ。
名前のない市民はいない。
名前は他と区別されて、そのお陰で「数えること」ができる。
市民とは無数ではないよ、無名ではないのだから。

今週は新しい現場で連日の仕事。
一度、咳をするとセキは自然と連発する。
エホ、エ、エ、エ、エ、エ、エ、エ。
仕事が連日のため、仕事場に近い彼女の実家に泊めていただくことにした。
猫のみふね。
みふねは今月でめでたく満1歳だろう。
「だろう」とは、仔猫のみふねは道端に捨てられていたから、飼い主たるぼくも正確な誕生日を知らない。
みふねにはお留守番を頼む。
人間に依存しすぎの彼に、お留守番は本当にストレスだろう。
ただ、ぼくにお金がないと、彼の食事も保障されない。
ネクタイを締めてスーツ、コートを羽織る。
ああ、ネクタイにまでagnes.bの名前。
猫にまでみふねという名前。
ドアノブを回す。
世界が視界に眩しい。

仕事内容はPCの設置、LAN設定だ。
NET及び、LANに繋げられるように新しいマシンを設定する。
一日50台。
眩しい世界は米英軍のイラク攻撃の秒読み状態にあった。
NETに繋げる作業をしながら、しかし企業内LANを設定する訳で、webにアクセスすると記録が残る。
もどかしい想いが様々とよぎり、仕事がはかどらない。
それでも連日の作業で顧客様の希望に沿うようにノルマをこなして、さて最終日、みふねが留守する我が家へと急ぐ。
恥ずかしながら持病の問題で、長く、在宅での仕事しかできない、ぼく自身がそう思い込んでいた。
只今、在宅の仕事は契約こそ数多くあれ、中々、具体的な進行がない。
仕方なく外に仕事を求めた。
PC関連の仕事が、日雇い契約のもとで時々いただける。
持病の問題で、長く、在宅での仕事のしかできない。
それはぼくの「自 縛」だったようだ。
いま、「外」での仕事が楽しい。
連日の仕事を終えて電車に揺られ満足する。
社会復帰途上、いい感じだなと自足する。
やおら車内の中吊り広告を見上げる。
「イラク」「アメリカ」「攻撃」「期限切れ」「戦争」「シナリオ」
およそのキーワードを認識する。
気になる。
気になる。
いま猫のみふねがアレルギー疾患で体調を崩し、週末は病院通いだ。
治療薬は錠剤。
猫のごはんには「カリカリ」と呼ぶドライフードと、「猫缶」と呼ぶフードに分けられる。
みふねに治療薬を飲んでもらうには錠剤を粉々に砕いて、猫缶にまぜて与えるのが一番。
帰宅途中で猫缶を買わないといけないなと思う。
気になる。
明日(2003年3月20日)、アメリカ、イギリス、スペイン三国の首脳が設定した、サダム・フセイン国外亡命「命 令」の期限が切れる。

イラク攻撃に関して「百年の孤独」などで著名なコロンビアの作家、ガルシア・マルケスがアメリカ政府宛ての書簡を公表した。
その書簡は極めて平明な文章で、「あなたたちは南米にて、かつて民主的に選ばれたチリのアジェンデ政権を、反米的という名の下に軍事力で転覆いたしました」という事実と、今次の攻撃の類似点を指摘する。
以下、全文転載。


ガルシア・マルケスからブッシュに宛てられた書簡

 どのように感じますか。戦慄が隣人の居間ではなくて、あなたの庭を走るのを見たとき、どう感じますか。

 あなたの胸を締め付ける恐怖、耳をふさぎたくなるような騒音がもたらす大混乱、制御できない炎、倒壊する建物、肺の奥深くまでしみとおる嫌な臭い、血と埃でおおわれて歩く無実の人々の目をどう感じますか。ある日あなたの家
で何かわからないことが起きるかもしれないとき、どうしますか。どのようにショック状態から立ち上がりますか。

 そのショック状態の中で、1945年8月6日、廣島の生存者たちは歩いたのです。アメリカ軍のエノラ・ゲイの砲撃手が爆弾を投下した後、その都市では立っているものは何もなくなりました。数秒にして8万人の男女、子供たちが死にました。さらに25万人が、放射能が原因でその後の数年間で死ぬことになり
ました。

 しかし、それはずっと遠いところの戦争で、その時はテレビもありませんでした。忌まわしい9月11日の事件が遠い土地で起きたのでなく、あなた自身の祖国で起きたことを、恐ろしいテレビの映像があなたに語るとき、今日、あなたは戦慄をどう感じるのでしょうか。

 
もうひとつの9月11日、しかし28年前に、サルバドール・アジェンデという名前の大統領が、あなたの政府が計画したクーデターに抵抗して死にました。
それもまた、恐怖の時でした。しかし、それは、あなたの国境から大変遠く離れた、南アメリカの無知の共和国もどきのところで起きたことでした。

 いくつかの共和国もどきが、あなたの裏庭にあり、あなたの海兵隊が血を流し、砲火を交え、自分たちの立場を他国に押し付けたとき、あなたは大して気にもかけませんでした。1824年から1994年の間に、あなたの国がラテンアメリカの国々を73回も侵略したことを、あなたは知っていますか。

 犠牲者は、プエルトリコ、メキシコ、ニカラグア、パナマ、ハイチ、コロンビア、キューバ、ホンジュラス、ドミニカ共和国、バージン諸島、エルサルバドル,グアテマラ、グレナダでした。ほぼ1世紀前から、あなたの政府は戦争状態にあります。

 20世紀の初頭から、あなたの国防総省の人々が参加しなかった戦争は世界でほとんどありませんでした。もちろん、爆弾は、常にあなたの国土の外で爆発しました。例外は、1941年日本の飛行機が第七艦隊を爆撃したパールハーバーのときでした。

 しかし、常に恐怖は、遠くにありました。ツインタワーが埃の中で倒壊したその朝、あなたはマンハッタンにいましたので、テレビの映像を見て、叫び声を聞きました。その時、あなたは、ベトナムの農民が長年にわたって感じたことを一寸たりとも考えましたか。

 マンハッタンでは、人々が、摩天楼の高所から悲劇の操り人形のように落下しました。ベトナムでは、ナパーム弾が長い時間、肉を焼き続けたので、人々は悲鳴をあげました。ちょうど空中に絶望的に身を投じて落下した人々と同じように、その死はすさまじいものでした。

 あなたの飛行機は、ユーゴスラビアでは工場や橋をひとつ残らず破壊しました。イラクでは50万人が死にました。50万の魂が、砂漠の嵐作戦で失われました……。何人が、異国で、遠いところで、血を流したことでしょうか、ベトナム、イラク、イラン、アフガニスタン、リビア、アンゴラ、ソマリア、コンゴ、ニカラグア、ドミニカ共和国、カンボジア、ユーゴスラビア、スーダンで。それは、果てしないリストになります。

 それらのすべての場所で使用されたミサイルは、あなたの国の工場で製造されたものであり、あなたの若者によって、あなたの国務省によって雇われた人々によって発射されたものです。これらは、あなたがアメリカ式生活様式を引き続き楽しむことができるようにするためだけでした。

 ほぼ1世紀前から、あなたの国は世界中で戦争状態にあります。奇妙なことに、あなたの政府は、自由と民主主義の名のもとに黙示録の騎士を投入します。
しかし、世界の多くの国民にとって(この地球では、毎日2万4千人が飢えと治癒可能な病気で死んでいます)、アメリカ合衆国は自由を代表するものではないこと、そうではなくて、戦争、飢餓、恐怖、破壊をばらまいている遠くて恐ろしい敵であることを、あなたは知らなければなりません。

 あなたにとっては、戦争は、常に遠いものでしたが、しかし向こうに住んでいる人々にとっては、爆弾によって建物が破壊され、恐ろしい死をまのあたりにする戦争は、身近な痛ましい現実です。そして、犠牲者の90パーセントは、住民、女性、老人、子供でした(当然の結果ですが)。

 たとえ、ほんの一日であっても、あなたの家の扉を恐怖が叩くとき、どのように感じますか。ニューヨークの犠牲者たちが、税金をきちんと納め、一匹のハエも殺せないような秘書や、証券市場のオペレーターや、清掃人であったならば、どう考えますか。どのように恐怖を感じますか。アメリカ人よ、長い戦争が、最終的に9月11日にあなたの家に到着したとわかったならば、どう感じますか。   

ガブリエル・ガルシア・マルケス 2003年2月6日


アジェンデ政権、その他、南米諸国に関しての参考資料(検索:なかおちさと)

http://www.sqr.or.jp/usr/akito-y/gendai/88-tojyoukoku.html


「百年の孤独 ガルシア・マルケス 新潮社」を読んだぼくの16歳。
ああ、あの繰言のような作品世界は、南米へのアメリカ合衆国の干渉が「繰 事」だからだと理解したぼくの16歳。
15年後の2003年にあっても、マルケスは健在だ。
そう、今次の攻撃は内政での政権交代、もしくはクーデターを策略する代わりに、武力行使という手段を選択したのだなという気にさせられる。
気になる。
帰宅、ロックを解除してドアノブを開けた。
玄関先ではみふねがぼくを待っていた。
みゃあみゃあと泣く。
「ああ、待ってなよ。ご飯あげるから」
急いで冷蔵庫に向かって中をあらためて落涙した。
みふねのための猫缶を買い忘れていた。
ぼくの中で何かが折れる音がした。
持病の問題で、長く、在宅での仕事のしかできない。
それはぼくの「自 縛」だったようだ。
いま、「外」での仕事が楽しい。

ぼくの何かが折れた。
音がした。
音を聴いて一気に落涙した。
ぼくがしっかりと生きていなければ、生きていけない命がみゃあみゃあと悲鳴を上げる。
その悲鳴には「みふね」と記名されている。
すべての悲鳴は、記名されている。
ぼくの仕方のない落涙、嗚咽もまた「中尾千里」と記名されている。
悲鳴。
碑銘。
ひとは墓碑にまで銘を打つ。
死んでしまっても、ひとはその名を墓碑に記する。
悲鳴、碑銘には固有の記名がある。

すべての悲鳴、碑銘には固有の記名がある。


書けない。賭ける。 管理人ちよこ。 [URL]  2003/03/21 (金) 01:11

>皆さま

何事かを書こう、バクダッド郊外に着弾したアメリカ軍の砲撃シーン。
対空放射の光ばかりが飛び交っていた湾岸戦争時の映像とは違いました。

兵器の「進 歩」は、湾岸戦争時と同じカメラアングルのCNNを通して、もっと生々しい映像を風邪に伏すぼくの自室に届けました。

息切れしながらHTMLエディタを立ち上げました。
少しだけ書けました。
少ししか書けませんでした。
ごめんなさい。

狂気という言葉を自身の表現のコピーとして自慢げに掲げる芸術家の皆さまへ、亡きピエール・ブリュデューが晩年に遺した次の言葉を転載します。

「非合理主義的な責任放棄を正当化するために、この世紀末を画した理性の敗北を理性への狂信のせいにする向きもありますが、そうであるからこそ、従来にまして危険な賭けになるかもしれませんが、今こそ理性に賭けなければならないのです(「市場独裁主義批判 P・ブリュデュー 藤原書店」)」


死んで欲しくなかった。
ブリュデュー。

あなたの表現の核が狂気であると認定するのは、あなた自身だと信じているのですね。
その実、世界こそ壮大な狂気であるということを直視した昨日、今日に、長く続く未来において、あなたの小さな狂気を凌駕する狂気を直視させられた昨日、今日、長く続く未来において、

「芸術家、作家、研究者は、(中略)社会の中で、いまだかつてなかったような新しい位置を築かなければなりません。権力に対する自律(同書)」

狂気の認定は権力こそがあなたに刻印するものです。
「社会不適合」
権力が刻印したあなたのBCG注射痕を、遥かに凌駕する戦場の着弾痕を想像してください。昨日、今日、そして長く続く未来において、




http://www.sonimage.ne.jp/sept11.htm

3月21日

うがいをすると黒く濁った痰が洗面台を汚す。
ウィルスの侵食は深い。
悲鳴、碑銘には記名がある。
米英軍による最初の爆撃によって、市民に被害。
死者1名、怪我人4名。
イラク情報省のこの発表。
さて、何故、その被害者の名前がこの部屋に届けられないのか?
情報源たる発表に問題があるのか、あるいは「メディアが伝えないからか?」。
こんな発表もある。
「BBCは、英時間の21日午前0時40分ごろ、イラク戦争に従軍していた米軍ヘリがクウェートで墜落、搭乗していた英兵12人、米兵4人の計16人が死亡したと伝えた。米国防当局者の話として伝えた」
この16名の名前がこの部屋に届けられないのは何故?
まさか「無 名」ではあるまいに。

無数の死者、無名の市民。
こうした言葉が大嫌いだ。
名前のない市民はいない。
名前は他と区別されて、そのお陰で「数えること」ができる。
市民とは無数ではないよ、無名ではないのだから。
ネクタイにまでagnes.bの名前。
猫にまでみふねという名前。
死者1名、怪我人4名。
イラク情報省のこの発表。
さて、何故、その被害者の名前がこの部屋に届けられないのか?
「BBCは、英時間の21日午前0時40分ごろ、イラク戦争に従軍していた米軍ヘリがクウェートで墜落、搭乗していた英兵12人、米兵4人の計16人が死亡したと伝えた。米国防当局者の話として伝えた」
この16名の名前が、いまこの部屋に届けられないのは何故?
ネクタイにまでagnes.bの名前。
猫にまでみふねという名前。





悲鳴、碑銘には固有の記名がある。





その固有の記名を得てこそ活発になる想像力と事実への凝視。
名前を持った人間が死んだ。
屍体特定の行きつく先は名前との合致だ。
彼、彼女の屍体を直視してこそ分かること。
名前というものの生々しい具有が持つちからがそこにある。
名前、その固有される性質の生々しい、具有。
ひとつ、ひとつ、いま「 命 」が絶えたのかと、数えることの先で、きっと克明な調書の作成を可能にさせるだろう。
メイ

絶えた。
「凝 視」によって支えられた克明な調書は、ひとからひとへと読まれ、





そして、

ひとからひとへと読まれうるだろう。




















*

論考は未来の永さに応じて長く続きそうです。
「期限設定」

できません。
見苦しいこと極まりなく、大変申し訳ないのですが、いま、未了のままにUPいたしします。



すべての悲鳴、碑銘には固有の記名がある。
具体から知り、そして考えるということ。


2003年3月21日
中尾千里















3月10日

2月17日

灰野敬二&梅津和時DUO at 横浜ドルフィー


曲中、直立したまま灰野敬二のうたを目を瞑って聴き入る梅津和時。
両腕を組んで堂々と「いまは音を出さない」姿勢。
灰野敬二のうたがいま素晴らしい。
だから、「いまは音を出さない」、「音を足さない」。
目を瞑って聴き入る。
それもステージ上でだ。
梅津和時による「無音の伴奏」を得た灰野敬二のうたが、まばらな客席の隙間を丁寧に、慎重に埋めている。
この瞬間に驚いた。
ステージを立つとき、音をまったく鳴らさずにいる。
そしてそのことに堂々としてあること。
梅津和時を相手にして、「音を鳴らさせない」灰野敬二のうたの圧倒と、「音を鳴らさない」ことに堂々とした梅津和時の圧倒。
一流の音楽家ふたりの骨頂をそこに観て聴いて鳥肌が立った。
梅津和時が当夜に持参した楽器、サックス(アルト、ソプラノ)、クラリネットは、主たる周波数帯がひとの歌声、それと近い(この記述の場合、倍音は考慮されていない)。
そのとき確かに、灰野敬二のうたに、近い周波数帯の楽音を足す寸分の隙もなかった。
だから、鳴らさない。
もしくはいまは無音たることが、併奏者の役割なのだと、
目を瞑って、しかし天の方向に顔を向けて、聴き入る。
ステージから一歩も下がることなく、演奏の最前線で音を出さない。
パートナーのうたに聴き入る。
梅津和時の、その堂々とした「演奏」に、ぼくは圧倒された。

当夜のふたりの顔合わせはほぼ一年ぶりになる。
この公演に備えての事前のリハーサルは、当日の「音あわせ」だけだ。
それにしても息が合った演奏をステージ序盤から繰り出してきた。
JAZZアプローチによる即興。
即興の定義を「演 奏」「パフォーマンス」としてしか読まない場合、このふたりの「合作」による「作曲」を聴くことができない。
素晴らしい作曲だった。
紡ぎだされた音は記録されるべきだったと悔やむ。
記録されていれば、後世のひとはその破格の作曲に驚くことができたろう。
実際に作曲された時点での演奏。
その生々しさを体感できるのは当世を生きるぼく自身の至福だ。
ステージは哀秘謡セットの灰野敬二と、梅津和時による併奏(「伴奏」という言葉で表現することはできない。「併奏」という言葉を取り敢えず発明しておく)へと進行する。
ジャンル区分が未明の音楽が誕生するんだ。
灰野敬二は慎重にペダルを踏む。
AKAIのHEADRUSHという簡易サンプラー。
このエフェクターの多用に関して揶揄する声は多い。
ただ、よく観る。
よく聴く。
まずループされるサンプリングの元の演奏を紡ぐとき、灰野敬二はどれ程の慎重さを以って望んでいるかを観る。
「間違わないで演奏しよう」
そんな顔つきでギターの指板を見つめて演奏。
その際にペダルは「録音」の状態にある。
この「録音」がうまくゆくと、ループは解放されたように再生される。
このループはしかし、ループ再生として機能しなくなるのが灰野敬二とこのHEADRUSHとの関係。
実はこのエフェクター、ループ音を通常のギター演奏の出力とは別に取り出して鳴らすこともできる。
この機能を使えばループ音は、リアルタイムでの演奏と分離して鳴る。
ループ音には専用の出力端子。
リアルタイムでの演奏に専用の出力端子。
出力端子を分ける場合、ループされた録音は別の回路でOUTPUTされる。
リアルタイムによる演奏によって、その再生音が濁ることを逃れうる(実際には共鳴効果などがあり、この例は理想値)。
しかし、灰野敬二はこの機能を使わない。
ループ音源をリアルタイムでのギター演奏と同じ出力端子から発信させる。
ループ音はリアルタイムの演奏によって、その時々に固有のバイアスが掛かって、ひとときたりとも同じ音ではいられない。
信号が変わる。
信号が色を変える。
よく聴くと分かる。
ループはリアルタイムの演奏を重ねられることで絶えず位相している。
もはやサンプリング音源を鳴らす、「サンプラー」としては機能していない。
演奏によって刻々と姿を変える、これもまた併奏者なんだ。
サンプリングした音は、リアルタイムの演奏によって満足にサンプルを取り出しえない状況にある。
言葉を変えれば「間違えてくれる」。
リアルタイムで間違えてくれる、とても人間的な楽器だ。
この夜もまた、神妙な顔つきで録音。
その音源を解放、再生してからは、リアルタイムの重奏で折角の録音を濁らせるかのように変化させてゆく灰野敬二がいた。
一方で梅津和時の演奏。
クラリネットでは普通は出ないだろうフリーキーな、もしくはヒステリックな音を出してしまう。
もはや木管楽器とは思えないような高音が沸き遊ぶ様の美しさ。
ときに口に2本同時に楽器を咥える。
ローランド・カーク!
(ローランド・カークは鼻にも咥えて5本同時に鳴らした)
その楽音は変幻自在だ。
ただ、

ただ、ふたりの演奏には一切の無理がなかった。

どちらかが「仕掛けてやる」、「出し抜いてやる」そんな若くも拙い野心が微塵もない。
一種の整然とした印象を抱かせて、しかし変幻自在。
不思議。
呼応とは、いま正にこうした演奏。

去年も横浜ドルフィー、同じ会場でふたりの顔合わせ。
ぼくはその演奏をベストライブに数えた。
今年の横浜ドルフィー、同じ会場でふたりの顔合わせ。
去年の公演で得た鮮烈な印象さえも凌駕する圧倒。
「二回目でやっと聴こえた」
そうかもしれない。
いずれにしても、前回以上に鮮烈だった。

ステージの上で、腕を組み、堂々として、目を瞑り、灰野敬二のうたを聴き入る。
音は出さない、梅津和時の演奏。

学んでしまった。
深い畏敬の念を抱かずにはいられない。
学んでしまった以上、ぼくは後戻りできない。
次のステージで、さてぼく自身は成長しているだろうか?
あのジョン・ゾーンが唯一ライバル視しているのが、この梅津和時そのひと。
終演後に灰野さんがそっと教えてくれた。

客席は15〜16名ほど。
以前、難波ベアーズで想い出波止場を観たサーストン・ムーアの感想を思い起こした。
「僅か10数名の観客に見守られながら、壮大な音楽の実験が行われていることに感動した」
それはつまり「観光客の言葉」だなと、自戒を込めて痛く感じる。















3月1日

件名 あのスポットライト 

from:NAKAO,Chisato
to


KYOさま

 先ほどは大変お騒がせいたしました。
なんというか、カフカの「審 判」みたいな一日。
そういえば昔、
Josef Kって素敵なバンドがいたよねえ。

発注元が業界最大手ともなると「守秘義務」の徹底が本当に凄いんだなと思い知らされました。
どこの会社からの依頼なのか、面談の席でやっと知らされる。

まあ、取扱説明書の執筆。
発売前の新型
製品の仕様を、そこらのライターさん、というか、「ぼ く」が知っちゃうわけですからね。


今日はもう一件メールで依頼が入りました。
こちらはサラリーマン研究員からの依頼(というか悲鳴)。

報告書の作成補助。
「ストーリーはできているのですが、思うように書けません」
報告書の基礎分野は建築(空間)学。


建築学の報告書の「ストーリー」って何?

こちらはテーマがぼくにとっても興味深いので半ばお引き受けいたしました。
「ストーリー」はまだ分かりません。


去年末の活動が慌しく、本年の音楽活動に出遅れてしまいました。

次回は春。
緑深まる頃、高円寺ペンギンハウスで
MANDOGさんと多分、鳥を見た(LaLaだとペンギンは狭いです)他1組ですね。


ソニマージュ企画では、今年、横濱JAZZプロムナードで「三上寛&坂田明DUO」を仕掛ける予定です。
横浜エアジンというJAZZバーのマスターにお願いしました。


横浜エアジンはMANDOGの宮下さん(ダモ鈴木のバンドでもギターを弾いています)のソロ(気持ちよかったよー!)を今週観に行って知ったばかりのお店。
JAZZバー。

小さな小屋なのですが、
1970年代から80年代後半に掛けて、浅川マキが定宿にしていたそうです。
PITINNとエアジンにしか出ない」
そう宣言して、バックはその日、その時代によって、山下洋輔、小山影太、渋谷毅、近藤等則。
友川かずきさんとふたりで、なんて夜もあったとか。

「そんな風景がね、ホラ、ここで起こっていたんだよ」

そう語るマスターの話に、ぼくは心底ぞくぞくしました。

「あそこのスポットライトはマキさんを照らすために、特別に取り付けたんだよ」

 古びた小さなスポットライトがひとつ。



 3月にはここエアジンで坂田明さんの公演があります。

浅川マキ、山下洋輔トリオ、三上寛

この3組で1年間、日本中を回ったことがあります。

「あの頃はまだアングラっていうものが認知されてなくてさ。一緒に一年掛けて日本中回ったんだ」

故郷の青森から東京に帰るバスの中で、三上寛さんの話を思い出して、

「三上さんと坂田さんのDUOが観たいです! 三上さんにはぼくから話しておきますから!」

「ああ、それは<なかった>アイディアだなあ。いいでしょう。一緒にやりましょう!」

エアジンのマスターは横濱JAZZプロムナードの総合プロデューサと聞かされたのは、その後のこと。



翌日

「ああ、いいねえ。ちさとさんは出ないの? あらら・・・・・・。いやあ、坂田さんとは古い友達でねえ。ああ、まだエアジンに出てるんだ」

三上さん、一発即答、いつも通り!

「ちさとさんは出ないの?」が嬉しかった。
坂田明、三上寛、なかおちさと
・・・・・・

「寛ちゃんはね、千葉だからね、もう帰れないの。だから夜中までやって、ここで飲んで酔っ払って、そのまま泊まっていたんだよ」

あのスポットライト、横浜の、






NAKAO,Chisato

sonimage groupement!!
http://www.sonimage.ne.jp/index.html
mailto:sonimage@v005.vaio.ne.jp




三上寛

坂田明

DUO


企画決定!




詳細決定次第、ご報告いたします。


ソニマージュ・レコーズ

代表

なかおちさと





2月20日

「WAR IS OVER !!(IF YOU WANT IT)」
日付は2003年2月16日、NYタイムズの一面広告。
広告主はカノジョ。

ぼくは素直にオノ・ヨーコを愛している。
思想云々以前に、とみに嫌われるそのVoiceこそが、ぼくにとっては問答無用の威力で大好きなんだ。
去年から再発が始まった1960年代NYの前衛であり正統であったレーベル。
ESP。
そのカタログの中にPATTY WATERSという女性シンガーが遺した2作品がある。
多分、22世紀にも聴きなおされるはずの2枚のアルバム、ファースト「PATTY WATERS sings」、そしてセカンド「COLLEGE TOUR」(注:1980年代後半、1990年代初頭の同名シンガーは本人でしょうか? ご存知の方いらっしゃいますか?)。
そこでオノ・ヨーコのヴァイオリンのようなVoiceのヒントを見つけることができる。
そう、ヒントは見つけることができる。
「オノ・ヨーコはオリジネータではない」
音楽の歴史と継承、そして剽窃がそこにあったことを決して見失ってはいけないとも思う。
それでもVoiceというものは声帯という楽器の個々、固有の生態によって発せられる。
カノジョたち、PATTY WATERSとオノ・ヨーコ、それぞれの声が、それぞれに好き。
仕方がないんだよ。

イラクへの米英軍の侵略策動に関して、いまや人類史上かつてなかった反戦運動が世界中に広がっているのを見る。
ベトナム反戦運動以上の急速な広がりと聞かされる。
サイゴン陥落の1975年をぼくは記憶していない。
ぼくの記憶は3歳児に始まる。
2歳の頃の記憶はない。
ぼくにとって「戦争が始まる」ということを強く意識させられたのはイラクのクェート侵略に続く「湾岸戦争」だった。

「戦争が始まる」

19歳だった。
学生自治会で副委員長職にあった、そのときだ。
学生自治会の仕事は学生による大学生活の自治こそが本分であって、公務たるもの立て看板に個人的な政治表明を殴り書くのには躊躇。
それでも輪転機を回したかった
白地にゴシック体の文字で「WAR IS OVER!!(IF YOU WANT IT)」。
法学部校舎の壁という壁を、この言葉で埋めたかった。

2003年2月16日のNYタイムズの一面広告。
ジョンとヨーコはベトナム戦争の「最中」にもこの言葉で世界中を埋めた。
英文の時制の適用の基準はひどく曖昧なものではあるけれど、このコピーに限って、英文独特の時制の曖昧さでの解釈は許されない。
「現在形」
この点での固執にこそ、ふたりが仕掛けたマジックの本質があった。
そして実は、米英軍は「湾岸戦争」を止めてはいなかったことに注意したい。
国連決議に基づく多国籍軍による「湾岸戦争」は早々に終わった。
それも恐らく数ヶ月のうちだったと記憶している。
しかしその後も米英軍はイラクへの爆撃を繰り返し続けていた。
つまり組織的に大規模な侵略策動に目を奪われがちなために「戦争前」の錯覚を抱いてしまうが、その実際、世界は「最中」にいる。
今日まで。

ぼくは素直にオノ・ヨーコを愛している。
夫はカノジョの目の前で撃たれた。
病院に運ばれたときには既に絶命していた。
カノジョ、妻はその際に患ったPTSD(後トラウマ症候群)に悩まされ続けて、外出をとみに嫌う。
外では銃口が絶えずひとを狙っているからだ。
カノジョの表明を金持ちの道楽と罵るひとは、夫が目の前で撃たれてからカノジョを悩まし続けるPTSDをも笑えるのだろうか?

「WAR IS OVER!!(IF YOU WANT IT)」
この言葉がセンセーショナルでは亡くなる日。
ふたりは、自分たちが仕掛けた魔術が、効用をなさなくなるその日、つまり、この言葉の消失点を迎えるその日のために、

この言葉を歌うその際の楽器、カノジョの声帯は非常にデリケートな操作で震えているのを聴く。
結 果 、
ぼくは素直にオノ・ヨーコを愛している。












見送りの日




付記

今週、このサイトのログ解析に日ごろ見慣れない特殊なドメインがありました。

(リクエスト件数)37ページ 
shugiin.go.jp

このサイトで採用しているログ解析はドメイン名のみを対象としたもので、IPなどのプライヴェートなデータはまったく分からないようにできたものをあえて使っております。
どうぞ無用なご心配はなさらずにいてください。
また、このサイトのBBSは「明らかに第三者の名誉毀損を目的とする書き込み以外ならば」、どの方々のどのような意見表明にも開かれています。
臆せずにBBSやメールなどで気軽にご意見、ご感想をいただけたら幸いです。
「sonimage groupement!!」
管理人 なかおちさと










2月13日

「第一稿」
(改稿予定あり)

(PCをセッティングしていたデスクが大破! ちゃぶ台にディスプレイ、床にキーボードのPC生活は不自由。久しぶりの更新です)


捻挫のために1月度にいただいた仕事は中途でリタイア。
折角、ペイもいい仕事だったのに、ヘルプの方に譲ってしまいました。
捻挫では就業は無理だよ。
なにせ、その仕事は「歩 く 仕 事」なのだからさ。

横浜市戸塚区の高台。
戸塚という古い町の地理は独特で、小高い山々に恵まれているからこその戸「塚」。
そうした「塚」のうえに明治学院大学の1、2年生が通うキャンパスがあるのはご存知?
本部校舎は東京の白金台。
伝統ある私学らしい、枯れた佇まいのキャンパスがそこにある。
でも、1、2年生の履修に使われる横浜市戸塚区のキャンパスは現代建築の隋を存分に駆使した贅沢な空間。
私学バブルの時代に生まれたモノとは分かっていても、それぞれの建築に、なにやら「学」があるのを感じることができる。
うん、正しい意味で「建築学」と呼べるもの?

さて、件の依頼仕事のコト。
「年度末試験中の大学図書館の運営補助」
↑、漢字ダラケデ硬ソウ!
要するに大学図書館のお手伝いです。
でね、これがとにかく「歩 く 仕 事」なのだよ。
学生たちがテストやレポートのために利用した図書館の本を一冊一冊、間違わずに書架に戻す仕事。
書架はルールだらけ。
図書館で本を借りた際に、必ず背表紙に記号や数字が書かれたシールが貼られているでしょ?
実はあのシールにはどの書架にその本が配置されているのかが書かれているんだよ。
ジャンル別に3桁の数字。
これで「歴史」関連の本と「文学」関連の本が区別される。
当然書架が違う訳だ。
テスト及びレポート期間中ということもあり、貸し出し、返却ともすごい量。
背表紙の記号の羅列を見ながら一冊、一冊、書架の正しい位置に戻す。
図書館は広くて、その広大な空間を本当に「歩 く 仕 事」なもので、捻挫はこの仕事を継続するには致命傷だった。

明治学院大学横浜戸塚キャンパス。
18歳、19歳、20歳そんな年頃の男女が、ファッションで自分を発信しようと頑張っている。
ファッション雑誌、ストリート系雑誌の写真を切り抜いたような服装で、お互いに競り合っている不思議な空間がそこにある。
無理しているな、背伸びしすぎだなって見えるよ、皆!
チカラ抜こうぜ。
ここは街中ではない。
朝も昼も夕べも、それぞれに陽の当たる小高い丘の上のキャンパス。
陽差しの角度で、表情を変えるキャンパス。
朝の冷え込みにはニットで防寒。
でも昼にはきみのニットを剥ぐのが、冬の日の太陽。
このキャンパスの天候に自在に対応できる服装をこそ見つけてごらん!

背表紙のラベルに書かれた情報。
記号と数字の羅列は、この国のどの図書館でも共通の規則で割り振られているという。
ひとたびこの規則を理解したら、この国のどこの図書館でも融通が利くんだ。
「普通はそうなんですけれど・・・・・・」
初日にガイダンスしてくれた先輩の女性が注意点を教えてくれる。
「実はですね、他の図書館ではローマ字式で区分けしているのですが、この図書館に限ってはヘボン式を採用しているんです」

「明治学院の創設者はヘボン博士ですから、敬意を払って、この図書館だけは特別にヘボン式で並んでいるんです」
??
いま目の前でガイダンスしてくれている女性はとても面白い秘密を教えてくれているに違いない。
創始者がヘボン博士である明治学院大学の図書館に限っては、全国共通のローマ字式ではなくてヘボン式を採用している!
へえ! へえ! へえ!
そんな事実はこの大学に通っている学生だって知らないんじゃないかなあ?
小さなこだわりだけれども、素敵なお話。
微笑ましい意地だ。

朝も昼も夕べも、それぞれに陽の当たる小高い丘の上のキャンパス。
陽差しの角度で、表情を変えるキャンパスに建つ図書館。
窓辺から注ぐ陽光が、室内の表情を一刻一刻と変える。
冬の日の太陽。
丘の地平から消える仕草はとても慎ましやかで静かなもの。
気がついたら陽光ではなく室内の蛍光灯だけに照らされていた。
仕事の終わり。

あの日、図書館の本を万引きしようとして失敗した女の子。
その本は元々きみたち学生が納めた学費で買われたものだと思えば、きみの行動はひどく当たり前のことかもしれないよ。
今度は上手くやればいいさ。
陽の当たるキャンパスでまた逢おう。










1月25日

こっそり更新です。
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毎年、年賀状を元旦にお届けすることができないんだよ。
それは不精なのではなくて、「あなたのお家の今年の年賀状大賞」を狙って、毎年凝ったものを作るためなの。
でもね、ぼくに年賀状を出してくれた方はご存知でしょうが、「なあ、今年どころか、去年の年賀状も届いてないぜ!」。
ええ、去年の年賀状はですね、「あなたのお家の今年の年賀状大賞」を狙って、VIDEO-CDの製作に取り掛かりました。
はい。
映像はできました!
去年どころか、おととしの末ごろにね!
でもね、できなかったんだよ、PCの中の画像をVIDEO-CDにするのがさあ・・・・・・・。
難しいことを言うとだな、皆様のPCのCD-ROMドライブで再生するのには、独自のファイルに変換しなくてはいけない。
ところがだ!
変換するとだなあ、バッチイイんだよ! 素敵な映像が粒子ザラザラでさあ!
「これさあ、悪いけれどひとからひとへでビデオ・デッキで百回目のコピー・テープなんだよね、でも見たいでしょ? もう凄いよ。画像は悪いけどさ」
なんて言われてわくわくしながら再生したりするじゃん、大人になると否応なしに・・・・・・・付き合いって手前もあってさ。
で、そんなダビングを繰り返しまくった流出モノよりも、去年の年賀状のファイルはバッチイイんだよ!
あ、で、この例えで通じたかい?

挨拶を 、








i know there's an answer





赦し合い 、
求めたがる 、
そのてのひらは 、
太陽が広葉樹の隙間に落とす 、
六角形のひかりのかけらを温める 、
いまは未明の淵 、
行方不明であるのなら 、
夢中になり手を伸ばせ 、
掴むものは重い 、
触れるものは滑りつつ冷たくて 、
それでも石のように堅くはない 、
ただひたすらに確かなもの 、
奪い合い 、
殺し合う 、
そのてのひらは 、
太陽のひかり 、
まどろみの午後の 、
木漏れ陽を温める 、
やがてきみに繋がれるてのひら 、

i know there's an answer

密やかに 、
赦しを 、







second year
2003
peace






...enter,please...










1月15日

判断を急いてはいけない。
だが、しかし左足は時間とともに腫れ上がる。
いまIMEで変換してみて分かったことだけれど、これが「晴れ上がる」だと、なんだかとても素敵だ。
♪雪解け間近の北の空に向か〜い♪
愛する百恵ちゃんは、友和の許に嫁いだ訳だ。
それはなんだか素敵だ。
いま思うと、新しくリメイクされたドラマ「高校教師」の準主役は、藤木直人ではなくて三浦友和の方がいいのではないか?
藤木直人でなければ、俳優の方じゃなくて、サッカー選手の方(カズとかいったっけ?)でもいいぜ。
いや、やはり判断を急いてはいけない。
しかし急がないとぼくの左足は腫れ上がるばかりだ。
素人診断はいけない。
しかし俗に言う「捻 挫」という奴に症状が似ていないかな、この黄金の左足は?
ああ、捻挫。
それはこのシーズンには特に被り易い怪我だな。
スキーにスノー・ボード!
調子に乗って、板にも乗って、顛倒して足を捻って挫く。
スキー場で万人監視の中、担架に載せられて救急車に乗るのだろう。
ちょっと整理すると、調子に乗って、板に乗って、担架に載せられた挙句に、救急車にも乗って、病院の応急室のベッドに乗るわけだ。
ノリノリだね?
しかーし!
ぼくは何にも乗ってない。
我が家で正座をしていた。
ひょっとしたら座布団くらいには乗っていたか?
まあ、でもノリノリなんて何ていってもぼくの中ではなんだかもう死語だし♪やってられないわッ♪(百恵尽くしにうっとり)。
正座を崩しておトイレに行くためにやおら立ち上がった訳だ。
じ〜〜〜〜〜〜〜(中略)〜〜ん
おお、足がしびれて、これではおトイレに行けないじゃない・・・・・・。
あ、そうそう、ぼくはアイドルだからおトイレに行くといっても(この後に何をどう書いてもつまらなそうだから、略)。
しびれる左足をちょいと内側、外側にストレッチしてみたら、クキッ!
クキッ!
ははは、中々キュートな音だ。
楽しげでさえある。
ぼくはステージでは音を鳴らすためには、どんな身振りでもする。
その身振りでなくてはその音は出ない。
そう信じて、「ノーミソとかダイジョウブですか?」と心配されても動作する。
この「クキッ!」もまた、正座でしびれた足をおっととか想いながら左右に振らないと出ない音だ。
正確に書くと振りすぎたら出た音だ。
振りすぎちゃった訳だ。
フリフリだね?
数時間後、いつまでも寝付けない。
人間とはシンメトリー、左右がほぼ対称に生まれつくものだ。
ああ、なんで左足は短時間のうちにこの法則を打ち破ったのか?
うん、判断を急いてはいけない。
しかし明らかに左足の方が右足より大きくなっている。
それに、なんというか激烈に痛い。
男30歳にして、ケンケンで前に進む。
ケンケン・・・・・・。
懐かしい薫りがする単語だ。
こども時代の甘酸っぱい想いがいま鮮やかに甦って、明日こそホームランを打ちたいって思うんだ。
夢想はいいから早く病院へ行け!
きみはそういうかもしれない。
でもね、お米もないいまの我が家には、タクシーに乗って病院に行くお金などどこにもないんだよ。
ケンケンしなくても歩けるようになったとき、将来は王選手のようなホームラン王になって、百恵ちゃんと結婚するんだ。
そう誓った少年時代が音もなく過ぎ行き、蒼き青年期、SONIC YOUTHが始まるんだ。
ギター片手にステージいっぱい暴れまわって、爆音の中に身を置くんだ。
百恵ちゃんはもう立派なママ。
風邪が快癒したと思ったら、次は捻挫だなんて、ははは、とほほ。
事故現場はスキー場ではなくて、我が家だなんて、ははは、とほほ。
ノリノリではなくて、フリフリにケンケンだなんて、なんだかもう、ちょっとイカレテルよ。














12月27日

米が尽きた。
替わりにそうめん食べてるよ、オレ!
ぺペロンチーノ風に仕上げたりしてね、乙だね。
ペンギンハウスで風邪を拾ったようで、壊れてしまった一日よ、なんてな毎日です。
クリスマスプレゼントに「パブロンS 160錠」戴きました。

...God Blles You...

レポートやメールが溜まっています。
しかし鼻孔からは鼻水が無情に溢れかえり、小泉政権は恐慌に対して相変わらず無策です。
それにしてもペンギンハウスは「温かなイベント」でした。
都心は冷たい雨というのに、会場にはちょうどいい温度の熱気があって。
ご来場いただいた皆様、本当にありがとうございます。
様々な事情でご来場いただけなかった方、レポート書きます。
お待ちください。
鼻孔からは鼻水が無情に溢れかえり、小泉政権は恐慌に対して相変わらず無策で、予め壊れてしまった一日が続きます。

...God Blles You...

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今日
鳥を見た
から
あなた

2002-2003










12月21日


もう、なんなら自殺してお詫びしたいくらい余裕がないです。
ライブ前、余裕ないぜランキング、ぶっちぎりで1位!
なぜかはステージを観ていただければきっと分かっていただけます。
あ、自殺なんてしません。
(オレ、痛いのイヤです)
過去記事再録で許してください。
本当に本当によろしくお願いいたします。








12月3日
(急を要して簡単に書きます。後日、きちんと書き直します)

12月21日(土)ペンギンハウスでのソロイスト4人競演企画が迫ってきました。
今年の初め、ぼくの誕生日2月9日、早稲田ジェリージェフ以来、念願のソロですね。
バンド活動とは明らかに違う高揚感が自分の中にあって、俗に言う「遠足の前の日のように楽しい状態」です。
しかしぼくにとって幼い頃から遠足のような団体行動は少しも楽しいものではなく、むしろ苦痛。
遠足に限ったら前日も駄菓子屋さんでの買い物くらいが楽しかっただけ。
「遠足の前の日のように楽しい」なんて常套句はまったく理解できないよお。
ああ、↑、しかしなんて「ちびまるこちゃん」もしくは「さくらももこ印」な書き物なんだろう、おげげげええええええげげげええ。
スキー旅行の前の日くらいのワクワク(←ははは、おい、「ワクワク」だってよ、「ワクワク」。もう、なんかきつくない?)感です。

さて、ここで当日の出演者、孤高のソロイスト4人を振り返りましょう!

三上寛(vajra)
JOJO広重(灰野さんとのながーく、坂道に満ちたお付き合い&モダーン・ミュージックのすぐそばでカード・ショップ経営)
川口雅巳(哀秘謡)
なかおちさと(ときに灰野敬二のボランティア・スタッフ)

なんてな面子なのに同日に、不失者at法政大学学生会館大ホール公演だぜ!
観たいぜ!
っていうかぼくも川口さんも例年はお手伝いで無料で楽しんでいるぜ(働いているけれど)!
ははは、でも今年は同じ日に重なっちゃったぜ!
ついでに書くと実は去年も不失者at法政大学学生会館大ホールと同日にアートランド小金井で高橋幾郎(元・不失者 哀秘謡)さんの久しぶりの東京ライブだったんだぜ!
なんだかどっち行ったらいいのか、今年も去年もぼくも一音楽ファンなら絶対に悩むぜ!

普通、こんな至近距離でバッティングしません。
しかし実際、バッティングしてしまいました。
実はコレ、去年の高橋幾郎さんのコトは分からないのですが、今年に限っては去年の不失者at法政大学学生会館大ホールの日程から、ぼくが勝手に前週の12月14日(土)が今年の公演と思い込んでいたというおバカにして単純な判断ミスが原因です。
ちなみに前週の14日はあなた! 向井千恵さんの毎年末恒例の「透視的情動」です。
え、14日は「透視的情動」かあ、そう来たかあ!
ゴール直前、コース大外からぶっちぎりで穴馬がゴールイン! って感じ?
↑、向井さんに対して「穴 馬」って表現は非常に問題ないか?
あと、改めて書きますが、灰野さんは高橋幾郎さんのシーンへの復帰をこころから歓迎しているぜ! です。
え、でも、そうすると不失者は?
今年は皆さんご存知の通り、公式発表がはっきり申して異例の「直 前」です。
「ある」派、「ない」派、「どっちなのか自分で確かめないと分からない」派などと、オカルト現象、もしくは質問「あなたはUFOの存在を信じますか?」のような具合でしたよね・・・・・・ねえ・・・・・・。
ちなみにぼくは「
灰野さんご自身に電話一本入れればすぐに分かるのに、その話題以外に特に緊急な要件はないので電話しませんでした派」という非常に特殊かつ少数な一派でした。
これは川口さんも一緒!
直前での発表を聞いて、ふたりで交わした言葉は「痛いよね。はっきりいってこれでお客さん10人以上吸われたよね。ついでにこの日、リザードの久しぶりのライブも重なってて、はは、なんかもう重なりすぎだよねえ」でした・・・・・・。
ええ、繰り返しますと、ぼくと川口さんはともに「
灰野さんご自身に電話一本入れればすぐに分かるのに、その話題以外に特に緊急な要件はないので電話しませんでした派」でした。

実際、メールなどで「どちらに行ったらいいのか困っているところです」というようなご意見を頂きます。
ああ、出演者当人でなかったらぼくも悩んでいたでしょう。
ごめんなさい。
いや、申し訳ないです。
ただ上述をもう一度繰り返します。
今年は皆さんご存知の通り、不失者at 法政大学学生会館大ホール公演の公式発表が、はっきり申して異例の「直 前」です。
今年に限っては特殊な事情もあって、開催自体の発表が遅れたのも仕方がないコトとは思うのですが。

あのう、まあ「急を要して簡単に書く」と以上のような非常に歯切れの悪い文章になります。
なので、この記事は期間限定での掲載とさせてくださいな。
ある意味において、どこか「不 要」な書き物をしている自覚があるんですよね。
どのような事情にあっても当事者は、当日にいいプレイをすること、そのことのみに専念するのが普通ですし、実際、いまも同じ心境です。
いい演奏をします。
開演時間を僅か数十分程度、告知よりも遅らせる。
主催者としてできる措置もそのくらいです。
臆することなく、
なにも臆することなく、
いい演奏をします。
終演後のあの独特の高揚を伴った充実した気持ち。
出演者も聴いていただく皆さんにも、あの充実を約束したいです。
如何なる状況下でも。

だからなにも臆することなく、
「よろしくお願いいたします」
この一語しか書けないというのが本心です。






12月21日(土) ペンギンハウス高円寺
主催 ソニマージュ・レコーズ 協力 Purifiva
「見送りの日 vol.1」
開場19:00 開演19:30
出演(以下、出演順)

なかおちさと
川口雅巳
三上寛
JOJO広重

料金2300円
(補足:入場者の皆様には、当日特製CD-Rを無料配布いたします)







文責

なかおちさと ソニマージュ・レコーズ代表








12月18日

↓、更新です 。


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顛 倒



顛倒には独特の快楽がある

東京都品川から川崎市横浜市横須賀市の貧民窟を貫く真っ赤な電鉄 、京浜急行線の速度からは独特の快楽を得られる 。




電鉄の中では一歩も動かず 、目的地の捕捉はすべて電鉄任せ 、
弘明寺駅で下車 。
高架式改札へ向かって階段を昇り終えたら 、
顛倒した 。

顛倒には独特の快楽がある

東京都品川から川崎市横浜市横須賀市の貧民窟を貫く真っ赤な電鉄 、京浜急行線の速度からは独特の快楽を得られる 。


快楽だった 、
得がたい快楽だった 、そいつの
闇 。
黒い
深い
唇と 、


交接

隙間 。

何処なんだろう 、あそこは


色んな女が駆け寄って揺り起こされた 。
上体を女たちに支えられて 、
色々の女 、女の香気の視線を睨み返して 、
想うんだよ



引き摺り込まれる
その僅か一瞬前 、

オレの視線を捕捉した 、お前 、
女 。
お前(
あの女)の眼差し
侮蔑してただろう

お前 。オレを侮蔑陵辱して 、裁ち去っただろう


だから
オレは 、


帰った 。
お前( 
あの女 )の 、
眼差し

捕捉した
オレは 、
青褪めて
失調した


恥辱

看て
逃げ
帰った 。

そうなんだろう


あたたかかった
あたたかかった


何処なんだろう あそこは


オレ

この
頭蓋




お前
あの女)と 、
オレ

交接

濡れる





何処なんだろう 、あそこは 



顛倒には独特の快楽がある
そいつは
顛倒によってしか
得られない





侮蔑してただろう

お前 。オレを侮蔑陵辱して 、裁ち去っただろう






去らないで 、
教えて欲しい 
まだ 、裁ち去らないで 、
最後まで 、
捺しえて欲しい 。
オレ 、お前 、
ひと 、そいつ

未明

在り処

教え 、
捺しえて 、
欲しい 。









欲しい 。
まだ 、裁ち去らないで 、
欲しい 。















特別な感謝を



 

1)過去記事 ぴかぴかの方舟に雨、
2)過去記事 三日後の太陽に期するもの、
3)過去記事 残り少ない刹那を胸に、
4)過去記事 ロンドン・コーリング! ロンドン・コーリング!